第92話

 レーゲンスの街では、いやこの街以外でもだがノワール・ルージュという名前は冒険者はもとより一部の商人にまで広がっていた。


 ギルド所属の冒険者達は2人をランクSという最高位の桁違いに強い奴らという目で見るが商人はなんとか最強のコンビの2人に渡りを付けたいと思っていた。


 休養日のこの日、2人は下着などの雑貨品を買うために街をふらついていた。ある程度買って宿に戻る道を歩いていると、


「ノワール・ルージュのお二人ですか?」


 通りの真ん中で1人の男が声をかけてきた。冒険者ではないが普通の住民よりはずっと良い格好をしている。高級感のあるそして特徴的な服装だ。


「そうだが?」


 デイブが男を見て答えると、


「すみませんがこれからちょっと付き合ってもらえませんかね?」


「どこに?」


「行けばわかりますよ」


 ダンは聞いていて腹が立ってきた。隣のデイブも同じだったんだろう。男がそう言うと即座に


「断る」


 と言った。まさか自分の誘いを断わる者がいるなんて思わなかったのか男はどうしてだ?という表情になる。


「自分の身元や行き先も教えてくれない奴にノコノコと付いていくと思うか?」


「この格好を見て気づかないのですか?」


「何の話だ?」


 話が噛み合わない。

 

 2人に声をかけた男はこの街でも大手のエドガー商会の社員だ。エドガー商会は社員全員が制服でその制服姿はこの街では有名で住民なら一目見ただけでエドガーの社員だとわかる。そしてエドガー商会を知らない住民はこの街ではほとんどいない。街の流通の多くを押さえている大商会の1つだからだ。


 この男もだから当然の様に彼らはわかるだろうと普段他の住民に接する時と同じ感覚で声をかけたのだがこれが失敗だった。相手は住民でもなく商売人でもない。


 ダンとデイブはレーゲンス出身でもないし、それよりも冒険以外にはほとんど興味がない2人だ。普段はウィーナの店でほとんどの用事が事足りる。今日の様な雑貨品や日持ちする食料を仕入れる時だけ街の中にある店に顔を出すくらいだ。


 男はやれやれと言った表情で


「エドガー商会をご存じないとは」


 と半ば呆れ、半馬鹿にした口調で言った。


「俺達はレーゲンスに住んでないんでね。では失礼」


 デイブがそう言うとその後にダンが続き、すぐに通りの人混みに消えて行った。まさかその場から離れていくなんて考えもしなかった男はしばらく呆然とその場に立ちすくんでいた。


「さっきのは何だったんだろうな」


 訳のわからない男と別れた後、市内のレストランで昼食をとりながらダンが聞いた。


「エドガー商会とか言ってたな。多分でかい会社なんだろうけどさ、でかい会社に勤めているだけで自分が偉くなったと勘違いしている奴は俺は好きじゃない」

 

 デイブがダンを見て言った。確かにあいつは一切自己紹介しなかったなと思い出したダン。


「サムとはえらい違いだな」


「その通り。サムはラウンロイドの商会の社長だ。でも腰が低くて決して俺達冒険者を下に見ない。彼は人物だよ。片やあんな生意気な社員がのさばっているエドガー商会という会社は大したことがないってことだ」


 こういうところがデイブが凄いところだとダンは話を聞きながら思っていた。人を見る目は俺よりもずっと上だなと。ダンと声を掛けられて食事から顔を上げると、


「俺達はランクSだ。おそらくさっきのエドガー商会もそうだろうが他の会社からもいろいろと俺達と縁を作ろうとして近づいてくる奴らがこれからも出て来ると思う」


「なるほど。俺達というかランクSとコネを作るのが目的か」


 デイブの話を聞いたダンが言うとそれしか考えられないからなと言った。そして、


「まぁ俺達はサムとウィーナがいりゃあ事困らない。全部断っちまえば簡単さ」


「確かにな」



 そうして2人は次の日はフィールドで体を動かしその翌日から2つ目の未クリアダンジョンに挑戦していく。ここは8層までクリアされているダンジョンだ。


 2日間で9層までをクリアし、10層に降りていくとそこは森林のフロアだった。9層からランクAが混じっていたがここ10層に降りてみると近くで感じる気配は全てランクAになっている。


「久しぶりに森林のフロアだな」


「洞窟に飽きてたからちょうどいい」


 そうして階段のところから目の前の森林を見た2人は地上に戻っていった。ギルドに顔を出してから宿に戻るとフロントにいた女性が2人に手紙を預かっているという。デイブが見るとウィーナからだった。


「いつでも良いから来てくれと書いてある」


 2人は結局部屋に上がらず宿のフロントで回れ右をするとそのままウィーナの店に向かっていった。


「外から帰ってきたばかりじゃなかったのかい?悪かったね」


「いやいやダンジョンの下層だし疲れることはないな」


 ウィーナの店に入ってテーブルに座るとお茶を持ってきたウィーナが口を開いた。デイブが答えると隣からダンも平気だよと言う。


 その言葉を聞いていたウィーナ、立ち上がると奥からクリスタルの結晶体を包んだ布を持ってきて


「とりあえずこれは返すよ」


 と袋のままデイブに差し出した。受け取ったデイブはそれを魔法袋にしまうと、


「それでしっかりと鑑定できたかい?」


「ああ。調べれば調べるほど凄い結晶体だってことがわかったよ。ここまで大きくて純度の高いのが見つかったのはおそらくこの世界で初めてだろうね」


「なるほど」


「それでだ」


 とウィーナは一旦そこで言葉を切って2人を見る。


「私と一緒にオウルに行ってくれないか?」


「「オウルに?」」


「そうだよ。どうしても行かなきゃならない用事があってね。そしてその用事には今あんた達が持っているクリスタルの結晶体が関係している」


 話を聞いていたデイブはある程度予想がついた様だ。


「俺は構わない。ダンは?」


「俺も問題ないな。ダンジョンは逃げないしな」


 そう言うとウィーナを見て決まりだなと言うデイブ。2人のやりとりそして2人の表情を見ていたウィーナはデイブはオウルに行く目的に気がついたねと内心で思っていた。


「じゃあ明日にでも出発したいんだがいいかな?あんた達は朝普通に城門を出たら良いだろう。ダンジョンに行く時の様にさ。私はいつかの裏道から外に出る」


 そしてこの前使った秘密の通路の出口の場所は覚えているかい?と聞いてきた。2人とも覚えているというとそこで待ち合わせをしてから3人で向かうことにする。


「今回は同行者はいないってことだな?」


「そう。今回は3人だけで向かうよ」


 そうして店を出た2人はレストランで食事をしながらデイブがオウルにいく目的をダンに説明する。


「確かに。こことオウルがオーブで通信できる様になりゃずっと便利になる」


 ダンの言葉に頷くデイブ。


「あのクリスタル結晶体の買取りの話だろう」


「個人的にはオウルの人やウィーナには世話になったしなっている。彼らが言う値段で売るのは問題ないと思うけどな」


 ダンが言うとデイブも


「俺もそうだ。それに俺達は冒険者だ。金儲けは得意じゃないし、もうそれなりに持ってるしな」


「そうそう」

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