第三章 その4 野山乃花 『左腕のサヨナラ』
私は花火の余韻に浸りながら自宅へと帰り着く。
先輩達からもらったキャスケットを目深に被り。
「
「この間のコーチ代だそうな」
私は短く答え、階段を昇り、冷え切った自室に辿り着く。
私の机の上には葉書が一枚。
そう言えば出掛けに母が年賀状が届いていると言っていた。
時間がなかったから見なかったけど。
差出人は『
汚い文字だった。
葉書を引っくり返してみると、やはり汚い文字で。
『忘れ物を探しに行ってくる。元気でな』
それだけが書かれていた。
…。
……。
「コーチ、コーチの名前、なんて読むの?」
「
「なんだか
「そうだな。ホントは名字が変わる予定だったが…変わり損ねたのさ」
数年前のそんなやり取りを思い出す。
私が小学生の時に初めてカーリングを教わった女性。
今でも変わった人だったと思う。
出会った当時から彼女は
子供というのは残酷なもので、疑問に思ったら聞かずにいられない。
だから皆から、何故腕が無いのか?
彼女は理由を聞かれていた。
すると彼女は決まって、
「山に置いて来てしまった」
と、左腕で頭をボリボリ掻きながら、あっけらかんと答えるのだった。
彼女は右足も引きずりながら歩いていたから、ひょっとしたら右足にも何か障害を抱えていたのかもしれない。
それでも、カーリングをするときは右脇にブラシを挟み、肘までしかない腕を巻き付け、左腕でデリバリーをしていた。
スイープも同じ要領でブラシの末端を小脇に抱え、左腕一本で器用にスイープしていた。
「腕一本あればなんとかなるものさ」
そう言って笑っていた。
彼女からはカーリング以上に大切な事を学んだ。
思い出してみれば、私の恩師とも言えるだろう。
先程、軽井沢駅で見掛けたのはやはり見間違いなどではなく、彼女だったと思い至る。
『忘れ物を探しに行ってくる。元気でな』
私はもう一度その年賀状を読み返す。
やはり何度見ても汚い字で、それ以上何かを読み取る事は出来なかった。
…一人の日本人女性がニュージーランドで消息を断ったというニュースを聞いたのは、それから数週間後だった。
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