第二章 その1 野山乃花 『泣かぬなら、お前はBL素材だ。ホトトギス。』

◇十一月某日 軽井沢カーリングホール 受付前

カーリング部カー部を引退している私が、何の因果かマッポの手先。

もとい。

何故日曜日の朝っぱらからカーリングホールにいるのか。

そんなこたぁお釈迦様でもわかるめぃ。

「ハナさん、独り言ですか」

後輩、中学二年生の黒崎 諒くろさき りょうがちょっと呆れながら話し掛けてくる。

私は頭に着けていたヘッドフォンを外し黒崎に向き直る。

しかし我が指は、首からぶら下げているタブレットPCの上を這い続けている。

這い続けている理由は小説投稿サイトにコメント返しをしているからであって、勉強している訳では、ない。

外は文字通り凍りつく程に寒いから、私はまだ手袋をはめている。

もちろんその手袋はタッチパネル対応の物だ。

ちなみに身だしなみなんてこれっぽっちも気にしない私の頭はボサボサだ。

いい加減寒いし面倒くさいし帽子でも買おうかな…。

高校生になったらアルバイトも出来るしお金貯めて買う事にしよう。

「うん、独り言だ。気にするな。で、とっくに引退した中学三年の受験生を、またまたなんで引っ張り出した?」

「息抜きに良いかと思いまして」

「私だって忙しいのだよ?受験勉強に創作活動に、創作活動で創作活動なんだ」

「…何を創作してるんですか」

「お前みたいな真面目君には言えないな」

昨日は受験勉強の後で創作活動BL小説執筆に気合いが入ってしまい、日を跨いでしまった。

真夜中のテンションで一気に書いて投稿サイトに掲載したが。

でゅっふっふっ。

おかげで濃厚な物が書けたでごさるよ。

今現在もPVは伸びているから、今日帰ったらどれだけPVが付いているか。

楽しみはソコにある。

私は意図的に眼鏡をキラリと光らせる。

角度が難しいんだよな。

この技。

寝不足とドライアイが重なった私の目は、眼鏡越しでも賞味期限の切れた魚の目の如く、妖しくどす黒く濁っているであろう。

「ハナさん…形容し難い目付きしてますよ…」

「言うな。腐の世界ってやつぁ時に人をどす黒い鎖で縛りつけるものさ」

「…意味が分かりませんが…」

に手を出してはならん」

「…オオババ様?」

「五分で肺も心も腐ってしまう死の森よ…?」

姫姉様ひめねえさま!」

「お前にしては、頑張って付いてきてるじゃないか。誉めてつかわす」

「ありがたき幸せ?」

「素直に喜べよ」

「喜べません」

お互いふっと笑う。

「で、実際の所は?」

「それなんですが…」

黒崎が言いづらそうにしている。

「私に演技とか建前はいらないぞ」

「ですね。それでは。公立高校カー部の部長さんにお願いされまして。結論から言うとコーチ募集中です。ハナさんお願いします。以上、報告終わり。別れッ」

「ちょっっお前おまっ!?」

「詳細はあちらのカー部部長さんから」

「では、説明させて頂きます」

この間の高校生との合同練習で見掛けた部長さんが現れる。

いや、展開!

おい、展開!?

「黒崎ッッッ?」

「僕、これでも中学校カー部あっちの部長なんで。あっちの指導してます」

「私じゃなくてもリューリだっているだろ?」

私の同級生の幡屋リューリ。

カーリングの腕ならアイツの方が余程上手い。

なんと言っても両親が元カーリング選手のサラブレッドだ。

「リューリさんより、ハナさんが適任と思いました。断っても良いんです。話、聞いてあげて下さい」

…行ってしまわれた。


そこには公立高校カー部の部長さんと私が残される。

「ごめんね?強引に誘っちゃって。この間の練習であなた達が上手だったから…」

ああ、こういう歳上の女性は苦手だ。

大人っぽくて、出るとこ出てて。

輝いて見える。

私は自分がどうしようもなく日影者だと思い知る。

私のペースが狂う。

「それで私にコーチを?他にコーチしてくれる人なんていくらでも…」

言いながら気が付く。

専属のコーチなんて、いるわけがない。

継続的に教えてくれるコーチがいる環境など、イチ高校のカー部に整えられるはずもない。

それは、私達カーラーが喉から手が出るほど求める環境だ。

「…いないのよ。分かるでしょ?特にうちの男子。この間、見たでしょう?」

…見た。

独自の癖がついてしまったフォームに、コミュニケーションの無さ。

本当に酷い有り様だった。

「私にあの人達のコーチをしろって事ですか?」

「私はあなたに命令する権限なんてないわ。もちろん受験勉強がある事も分かってる。一ヶ月。出来る時でいいの」

私は相当面白くない顔をしていたのだろう。

部長さんは困ったような笑いを浮かべていた。

「…あの人達が中学生に教わるって状況、納得しますか?」

いけない、と思いながらも私はトゲを含んだ物言いになってしまう。

私はこのコーチをするという話が嫌なのではなく、目の前の大人びた部長にコンプレックスを抱き、反抗しているだけなのだ。

「…とりあえず練習見てみてくれない?断ってくれても良いのよ」

仕方なく、私は更衣室で着替え、カーリングホールへと入る。

清潔感溢れる、独特の香りが胸一杯に広がる。

一般的には冷凍庫の製氷室の香りって言うとイメージがつくだろうか?

この氷の香りは嫌いじゃない。

どんなに悔しくても、情けない時でもこの空気はいつも私を満たし、癒してくれた。


ホールの観客席には、見慣れたポニーテールの女性が手をひらひらさせていた。

首からは一眼レフカメラをぶら下げている。

…確か、伊勢原さん?

髪の毛のボリュームがあるから、ポニーっていうよりは伊勢海老いせえびの尻尾。

…伊勢海老さん。

そんなあだ名が頭に浮かぶ。

伊勢海老さん、もとい伊勢原さんが入り口付近のシートを指差す。

アイスメーカー達がしっかりとアイスメイクしてくれてはいるが、それでも状態が良くない入り口側のシート。

上級者は間違っても使わないし、使わせない。

そんなシートで高校生男子が四人、練習していた。


…ああ。

私は心の中でため息をつく。

この雰囲気、ダメなヤツだ…。

なんだろう、負け癖が付いているチームの雰囲気。

諦めとか不和とか、そんな言葉しか思い浮かばない。

「男子!集合!」

部長が四人に声を掛ける。

うち二人はこの間一緒に練習した、確か長門ながと先輩と山城やましろ先輩(正確にはまだ私の先輩ではないのだが)。

もう二人は私立学園のカー部だろうか。

長門先輩、山城先輩とは違うジャージを着ている。

公立高校のカー部は男子が二人だけ、と部長は言っていたから、私立学園と混ざってチームを作っているのだろう。

…足引っ張ってるんだろうな…この先輩二人。

もっとも、私立学園の二人が飛び抜けて上手いかと言うと、そうでもない。

こちらも高校からカーリングを始めたのではないか、と私は推測する。

「え…っと、知ってる人もいると思うけど、こちら町内の中学三年生、野山乃花さん。あなた達チームのコーチをお願いしようと思っているわ。もちろん、私立学園の部長とも話した結果よ」

一斉に、私に向かって様々な視線が突き刺さる。

軽蔑、嫉妬、羨望…。

あまり良い感情は含まれてない。

中学生?

こんな小さいヤツに教わるのか?

俺達を馬鹿にしてるのか?

…等々か。

どうしよう?

はっきり言ってこんな話、引き受けた所で私にメリットがない。

しかもこんな状態ではまともな指導なんて出来る訳がない。

何を言っても馬鹿にされるだけだろう。

…断ろう。

来年、自分が進学する予定の高校だから様子だけでも見ようと思ったが。

どうせ私が来年入学しても、その頃にはこの人達は三年生。

六月には三年生は部活を引退するから、わずか二ヶ月の付き合いだ。

嫌われても問題ないかな。

公立そっちの二人はともかく、俺達には必要ないな。第一、うちの部長からはチームのコーチなんて聞いてないぞ?あくまで公立そっちの二人に限った話だろ?」

…ああ、なんて定型文な反論。

まぁ、私みたいなちっこい女の子に教えてもらうって、男のプライドが許さないよね。

小さいちっちぇなぁ…。

私はくるりときびすを返そうとする。

その時。

「…俺は、お願いしたい」

目付きの悪い背の高い男子が前に出る。

長門門司ながともんじ先輩。

いや、もんじぃ。

「…僕も」

おずおずと小さい男子も前に出る。

…山城先輩。

「あら二人だけ?」

部長が私立学園の二人を見る。

「その子の実力、俺達は知りませんからね。実力も知らずにコーチなんて頼めませんて」

はい、カチン☆ときました。

こんなに見事な負けフラグ立てられたら、期待に応えない訳にはいかないな。

こんな話、断るに決まっているが、その前にコイツらは許せない。


私の中からどす黒い感情がふつふつと沸き出てくる。

お前達が私の眠れる黒き野山シュヴァルツ・ヴァルトを目覚めさせたんだ。

お前らは帰ったら脳内でBL素材の刑にしてくれるわ。

私の脳内で消化されるが良い。

そしてそのままPVの肥やしネ タとなるが良い。

それと、にカーリングを教育してやる。

「なら一対四でやりませんか?私が一人、先輩方せんぱいがたは四人チームで。試合は第二エンドまで。第一エンドの後攻は差し上げますよ」

私が意図的に眼鏡を光らせながら、提案する。

…一瞬、彼らは何を言われたか、理解出来なかったのだろう。

次いで私の提案がどれだけ相手を舐めきった提案か理解すると、顔を真っ赤にした。

…まぁ真っ赤にしてるのは私立学園の二人だけど。

ああ、そなた達の心が怒りで満ちておるわ。

…怒るが良い。

その負の感情が私の作品BL小説をより濃厚にしてくれるのだ。

でゅふふっ。

…あ、いかん、涎出てきた。

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