第一章 その4 『男の子は自慰行為の後で哲学者になる。野山乃花は負けた後に哲学者になる。』

◇十一月某日 伊勢原真紀自室

私が初めてカーリングの練習を見学した日の夜。

私は撮影したフィルムを父に現像してもらい、スキャナーを通してパソコンに取り込んでいた。


初めてカーリングを撮影したけど…。

もっとシャッタースピードを遅くした方が躍動感出るかも。

そんな事を考えながら写真を確認する。


ふと、今日の玲二やもんじぃの写真が目に止まる。

そう言えばカーリングしている玲二ともんじぃを初めて見た。

初めはただただ感心していたけど。

あの、野山と名乗った小さな女の子。

あの子は高校生は下手だと言った。

まぁ間違いなく玲二ともんじぃの事だろう。

始めは、なんとまぁ生意気な女の子かと思ったけれど。

もんじぃと野山さんを並べてみたら私にも分かった。

うん。

玲二、もんじぃ下手だね。

スポーツって慣れてくると洗練されて無駄がなくなり、美しくなるものだと私は経験で知っている。

もんじぃのフォームには華麗さなんて微塵もなかったね。

漬物石(?)を投げる度にフォームが変わってるんだもの。

野山さんが優雅に華麗に滑走する白鳥だとしたら、もんじぃや玲二はペタペタ歩くペンギンだわ。


私は玲二ともんじぃの写真を改めて見つめる。

敢えて二人の写真を選んでみる。


玲二。

私より背が低くて童顔。

高校一年生から同じクラス。

「特定の」女子からモテるって噂聞いてる。

でも誰とも付き合ってない。

誰か好きな人でもいるんだろうか?


もんじぃ。

やっぱり一年生からの付き合い。

まぁ一言で言うと、もん↑じぃ↓だ。

クラスでは嫌われてはいないけど、男の子として好かれるかというと、あまりにも珍獣すぎる。

何を考えてるか分からない、目付きの悪いラクダ。

恋愛対象じゃないわね。


今日撮影した中学生達。

そう言えば、目付きのとびきりキツイ美人がいたな。

私は写真を送っていく。

あ、あった。

ハーフかな?それとも髪染めてる?

角度によっては金髪に見える黒髪がキレイだった。

野山さんと並んでいる写真があったけど。

…これは、野山さん、このキレイな娘にコンプレックス抱いてるわね。

これだけキレイなら嫉妬したくもなる。

私は鏡に写った自分の顔を見つめる。

十人並…と思いたい。

…そばかすがなぁ…。


と、ここまでが私の日課。

撮影した写真を見て自分でダメ出ししたり、観察したり。

その人の背景を想像したり。

あんまり趣味はよろしくないかもしれない。

…でも止められない。

この二人付き合ってるのかなぁなんて想像して、その二人を街中で見つけると「ヨシッ」って思っちゃう。

それに写真には時として、本人が自覚していない様々な表情が

そう言う目でみると…なんだろう。

玲二ともんじぃって一緒に写ってる事、多いね。

仲が良いな。

コイツら。


そんな事を考えていると携帯がぶるぶると震える。

見ると玲二からのメッセージ。

『真紀ちゃんログインした?もんじぃと広場で待ってるよ』

時計を見る。

そう言えば三人でゲームやろうって話していたっけ。

私もゲームを起動しログインする。

スマートフォンにヘッドセットを着け、ボイスチャットを始める。

「ごめん。写真整理してた」

「真紀ちゃん遅~い」

「遅かったじゃないかミッターマイヤー疾風ウォルフ…」

もんじぃが何かのネタセリフを言っているが私には分からないのでスルー。

広場には見慣れた玲二ともんじぃのアバター。

私達三人はお揃いの黒いシャツを着ている。

周りから見たら一目でチームと分かるだろう。

私達三人はちょくちょくこのゲームを一緒にプレーしていた。

「そうそう、写真整理してて分かったけど。あんた達、カーリング下手でしょう」

「ぐさり」

「…もんじぃ、表現が古典的すぎだよ…。まぁ真紀ちゃんには分かるよね。いろいろスポーツ見てるだろうし」

「うん。分かっちゃう。中学生の方が上手いよね」

「それは事実だね。一緒に組んでる私立学園の人達からも、何て言うの?哀れみみたいなものを向けられてるよね。僕ら」

「あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな」

「ごめん。もんじぃ、私古文はパス」

「…真紀ちゃん、これ百人一首だね」

「どっちにしろパスパス!!」

ゲームの中までそんなお経みたいな言葉は聞きたくなかった。

…もん↑じぃ↓の癖に時々博識なところが悔しい。

無駄話をしながら、対戦相手とのマッチングを待つ。

「マッチングを待っちんぐ」

「もんじぃ。ハウス」

「わんわん☆」

「もんじぃ…プライド、ないの?」

もんじぃが雑なダジャレを飛ばし、玲二が突っ込む。

三人の笑い声。

いつもの光景。

「そんな光景がいつまでも続くと、その時の私は思っていた…」

「もんじぃ、訳の分からないナレーションやめて。あと、いつも言ってるけど私で勝手にアテレコしないで」

「…御意」

…今どき高校生で“御意”って言わないだろ…。


マッチングが完了する。

四vs三のマッチ。

「相手は全員ソロプレイヤーっぽいわね」

「数は不利だけど各個撃破、だね」

「所詮我々ヤツらの敵ではない」

「もんじぃ…それだと僕らが弱いって事になっちゃうよ?」

「敵を知り己を知れば百戦して、疲れる」

「百戦すれば疲れる、うん、違いない」

「高台登る。フォローよろしく。私、結構高い所好きなんだよね」

「ナントカと煙は高い所が好き、の“煙”ではない方、だな」

もんじぃが何か言ってる。

「よく分からないけど私のコト、馬鹿にした?」

「してないッス」

とりあえず私は高台へ。

「さて、と」

高台に登った私は下界を見下ろす。

いつか、こんな景色、撮ってみたいな。

狙撃銃チャージャーのスコープを覗きながら心の中で呟く。

「もんじぃ、陽動掛けよう。僕は右から。もんじぃは…」

「右からだな」

「二人で右から行ったら左がら空きでしょ。左よろしくね。真紀ちゃんの射程まで誘きだすよ」

「了」

てきぱきと指示を出す玲二。

レーダー上で玲二ともんじぃが陣地を塗り広げながら相手に向かっていく。

そして頃合いを見て下がってくる。

「真紀ちゃん、釣ってきたよ!あとヨロシク」

「ナイス玲二…」

スコープを覗き込むと逃げてくる玲二の姿。

「シャッターチャンス…ひとつ」

私は『闇夜に霜の降るごとく』引き金を引く。

パシャリ。

脳内ではシャッター音が響く。

狙撃成功。

もっとも、ペンキ弾でペンキを掛け合うゲームだから血飛沫が飛ぶわけでもなく。

相手の姿は消える。

「続いて…ふたつ」

続けざまにもう一人狙撃。

「ありがと、真紀ちゃん」

「どーいたま。もんじぃ?」

「銀色、金色、青息吐息~♪」

鼻唄を歌いながらカチャカチャという操作音が聞こえる。

もんじぃは余程の手練れに追われているのだろう。

…というか、歌が古すぎる。

懐かしの歌謡曲とかそうそう歌だね、それは。

「やられそうじゃないか。逃げきれる?」

無理っぽいむりぽ。もう、無理っぽいむりぽ浅葱色あさぎいろの悪魔がッッ。ヘッドフォンを着けて迫ってくるッッッ!俺は…生き延びる事が出来るか!?いや出来はしない(反語)」

…必死だね。

「…また古典的な表現だけど浅葱色って何色?」

私は疑問に思って玲二な聞いてみる。

「う~んと、簡単に言うと青緑みたいな?新撰組の服の色って言うと分かる?」

全~然ぜ~んぜんわかんない。私古文嫌い。青緑で良いじゃない?」

「どっちかって言うと日本史だけどね。浅葱色って言うのがロマンなんだよ。武士の死装束でね…」

「少佐ッッッ助けて下さいッッッ、少佐ァァ!」

もんじぃの悲鳴。

まぁ半分以上演技なのは知ってる。

「誰が少佐か。もうちょい、逃げて」

一人が射程内に入る。

「みっつ」

狙撃。

三人目を撃破。

あと一人。

「続けて…」

狙撃、と思ったがもう一人はついて来ていない。

どうやら途中で罠と気付いたようだ。

チラリと見えたアバターは大きな眼鏡、青緑(もんじぃいわくあれが浅葱色と言うらしい)でぶかぶかの服にこれまた大きなヘッドフォン。

それで、もんじぃは浅葱色だのヘッドフォンの悪魔だのって呼んでたわけね。

…なるほど、手強い相手だわ。

「あらら、お相手さん、回線落ちリタイアしちゃったわ」

見ると相手チームは四人中三人がログアウトしていた。

「あの手練れさん。気の毒にね。アイツもログアウトかな」

「カーリングならコンシード降参案件だね」

「我ら常時コンシードにて御座候ござそうろう

「もんじぃ、言ってて悲しくならない?」

「いつも背水にて御座候ござそうろう

「…それは否定出来ない…」

「二人とも、まだうちらの勝ちじゃないみたいよ?」

私は二人の会話に割って入る。

「え…?まさか。この状況でゲーム続行?」

レーダーを見ると、相手陣地が広がっている。

少しずつ、少しずつ…。

一人となった“浅葱色(?)の悪魔”は諦めもせず、淡々とゲームを続けている。

チームの全員からそっぽを向かれても尚、ゲームを続けるその姿は…。

まるで賽の河原で石を積む子供のように、哀れで健気だった。


「…もの凄い意地を感じるわ。残り時間少ないから、あのプレイヤーを相手せずに、陣地広げてるだけでも勝てるけど…。どうする、二人とも?」

私が二人に向けて呟く。

「…尽忠報国じんちゅうほうこくの士、天晴れ也あっぱれなり!。あすこに御座すおわすは真のさむらいにて御座候ござそうろう。死中に生を求むる段、見事也みごとなり。正眼に相対さぬは、恥にて|候ハゝそうらわば…」

「だかーらー!古文パスパスパス!!!」

またもんじぃがお経を唱え、私が古文アレルギー反応を出す。

「真紀ちゃん、大概でたらめだから気にしなくていいよ…。もんじぃ、最近何読んでる?」

「『壬生義士伝』を少々…」

「うん、だと思った。アレ読んだら浅葱色って使ってみたくなるよね…」

「で?結局なんなの?」

「正面から戦いましょってさ」

「俺は最初からそう言っている」

「言い方が回りくど過ぎなのよ!アンタは!」

「真紀、血圧上がるぞ」

「上げてるのはアンタでしょ!?」

「まぁまぁ真紀ちゃん…whoaウォーwhoaウォー

「何よソレ?」

「カーリングの掛け声。スイープするなって事だけど、元々は馬にどうどうって静める意味があるみたい」

「…勉強になるけど、玲二も回りくどいわね…」

「真紀、一対三人。このシチュエーションはをやるしかない」

突然もんじぃの声が真面目になる。

はぁはぁと呼吸を整えながら、私はもんじぃが何をやりたいのか理解する。

「OK。んじゃ、練習した行きますか」

もんじぃ、玲二、私と縦に並ぶ。

そのまま相手に向かって一直線に突っ込む。

まぁアニメやら小説でわりと見掛ける三人での時間差攻撃。

「ヒャッ↑ハー↓!ヒャッッ↑ハハッッッー↓たまらないぜー」

珍しくもんじぃが、はしゃいでいる。

声に抑揚をつけて叫んでいる。

…さっきまでの重厚さ、武士道っぽさはどこに行ったのよ、アンタ…。

「もんじぃ、その笑いヒャッハーしたら負けると思うよ…」

そして玲二が突っ込む。


いつかこの日が来る事を信じて、コレ…練習したもんね。

まぁテンション上がるよね。

「説明しよう!この伝統的戦法は三人が直線に並ぶことで相手から見ると正面の一人しか見えず、その隙に後方から他の二人が時間差で攻撃するという、古典的かつ伝統的かつロマン溢れる戦法だッッッ!ちなみに古今東西この技で成功した例は一度もないッッッ!つまり出した時点で負けフラグだッッッ!」

もんじぃが誰にともなく熱く説明する。

「もんじぃの説明じゃないけど…。真紀ちゃん。僕この技ってひとつ疑問があるんだ」

「何よ?玲二」

「うん。これ、さ。相手が正面にいる前提だよね?」

「もちろんね」

「例えば、さ。相手がもし横から狙ってたらどうなるの?」

「そりゃあ、あなた。横から見たら、等間隔、しかも等速で三人が行儀よく並んでいるから。私なら先頭の一人に狙い定めて、同じ位置に三発射っておしまいね」

「あべしっ」

瞬間、もんじぃの断末魔。

「ひ…ひでぶって言わないとダメ?」

続けて玲二も被弾。撃破。

私は咄嗟に止まり、バックステップ。

すると足元にペイント弾の銃撃。

「あ…あぶない…」

どうやら本当に横から狙われていたらしい。

ホッとする暇もなく続けざまに、カーリングストーンの形をしたボムが滑ってくる。

「カーリング・ボム!?」

直感的に真横に避ける…。

そこには。

「読まれて、いた!?」


ふわりと大きなぶかぶかの服をなびかせて着地する、相手プレイヤー。

その姿は羽根を広げた大きな蝶のようにしなやかだった。

そう言えば浅葱?そんな名前の蝶がいたっけ。

前にもんじぃが言ってたような。

瞬間、そんな事を思い出す。

無表情なはずなのに、画面の向こうからプレイヤーの気迫が伝わるような仁王立ち。

その銃口は私に向けられ…。

「やられるっ!?」

そこで時間切れタイムアップ

画面には勝利の文字。

わずかなポイント差で勝てたようだった。


いや、いや、相手の勝ちだっただろう。

あのプレイヤーは撃てたはずだった。

私が避ける事すら予想していたのだ。

本来であれば私が回避する地点に射撃をすれば良い。

でもそうせずに、あの場所であのプレイヤーは私を待っていたのだ。

「完敗、ね」



◇同時刻、野山乃花自室

「~ッッッん~くはっ」

ゲームを終えた私は伸びをした後、コントローラーとヘッドフォンを机の上に置いた。

まさかあの状況で、正面から突っ込んで来るとは思わなかったな。

圧倒的な数の差があったのだから、勝ち方はいくらでもあるはず。

でも相手はそうせずに私に挑んで来た。

最後に止めを刺さなかったのは、正面から向かって来た相手に側面から攻撃を仕掛けたの悪さと、どんな相手か見たかったから。

今にして思えば、真っ正面から迎え撃って、勝つか負けた方が面白かったかな。


勝負なんだから勝たなきゃ意味がないよね。

でも勝てないからって、早々に諦めるのは論外。

それは負けるよりも意味がない。

否、きっと世の中どうして勝ったかより、どうして負けたかの方が重要なんだ。

そしてどのように負けるか、も。


男の子は自慰行為の後に哲学者になると言う。

私は、負けた後に哲学者になるんだ。

そんな事に気付かされる。

……私の人生、ずっとそうなんだろうか…。

私はちょっと憂鬱になった。


あー。

野山乃花、妄想入りま~す。

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