終章 その7 機屋リューリ 『それは繊細な、美。』

「アンタ、アタシがただのだと思っていたでしょ?」


まぁ、バカーラーと言うか、とは思っていたけれど。


「アンタね、もう少し他人に興味キョーミ持ちなさい」


他人に興味は持てないわ。

でも、思った以上に緑川みどりかわ紅宇くうという人間の思考は複雑で。

一部共感が持てた。


「…ねえ。私のシてるコト、汚いのかなぁ…」


それは、分からない。

今のこの国の法律や倫理観からすれば、緑川紅宇の行動は忌避すべきものだろう。

でも一人でどうにも出来ない隙間を、人に埋めてもらいたい気持ちは理解出来る。 


そして、私もこの国の倫理観には当てはまらない。


お金が契約というのならそうだろう。

きっと受け渡しするのは何でも良いはずだもの。

渡した、受け取ったという建前が欲しいだけなのだから。


私もパパと契約していたら、色々な理由を忘れて抱いてもらえたのだろうか?

パパをリョージさんに代えたら?


「…目の前の人間を忘れて、頭の中で他の男に抱かれる事は出来る?」

そんな言葉が自然と私の口からこぼれた。


「目の前の男を忘れて…ね」

緑川紅宇は私の言葉を確かめるように呟き…うんッと頷いた。


「…出来るよ。暗闇で目を閉じてしまえばいいだけ。それはとても哀しいけれど。出来るよ。結構ケッコー簡単カンタンなんだな、これが」


の金色の髪をかき上げ、緑川紅宇が微笑む。

濃い目の化粧といい、短いスカートといい、下品そのものにしか見えない緑川紅宇。

その表情は、笑ってはいたが、しかし哀しそうだった。


そしていつもの自販機で買ったコーヒーを一口飲む。

唇をペロリと舌で舐める癖は、あるいは男の気を惹く為に身に付いてしまった仕草なのかもしれない。


「飲む?」

いつぞやの様に私にコーヒーを差し出す。


「どうせ不味いでしょ?ソレ」

それ以前に人が口を付けたモノを飲むという習慣が、私には無い。


「飲んでみなけりゃ、分からないっしょ?」


強引に差し出す。

私は迷ったが、緑川紅宇から缶コーヒーを受け取ると一口飲んでみる。


自販機の缶コーヒーソレは例えるなら緑川紅宇のように思えた。

俗っぽい、媚ている…そして甘ったるい。

でも、不思議と悪くないと思えた。

 

「ホラ、案外悪くないって顔してる」


今度は歯をしっかり弾けるように笑う。

くるくる変わる表情は、その感情の起伏のせいかもしれない。

ホント、私とは正反対。

でも、どこか似ている。


「ついでに話しちゃうけどさ。アタシ達のチーム名いつまでもチーム機屋ハタヤじゃダサいじゃない?アタシ、考えてみたんだけどイイ?」


さり気なくパパの名字をけなされた気がするわ。


雪華草ダイヤモンドフロスト。アンタの…ううん、アタシ達のイメージなんだけど、どう?」


雪華草ダイヤモンドフロスト…」

私は口の中で呟いてみる。


「もうすぐ全日本高校選手権ぜんにちでしょ?コレでエントリー決定!」


人差し指を人に突きつけるのは止めなさい。


イイもナニも、そもそも緑川紅宇は私の意見なんか聞く気はなかったみたいだけど。

きっとそのチーム名は緑川紅宇がの為に温めていたチーム名なのだろう。

「…悪くないわね」

私は考える事を諦めてコクン、と頷く。

「くぅ〜Yes!決定ね!」


椅子が派手に転ぶ程、勢い良く立ち上がる、緑川紅宇。


「くぅ〜!アタシ、今すぐ、カーリング、ヤリたい!」


何故かカタコトで叫ぶ、緑川紅宇。

さっき部活で散々やったばかりなのに、元気だわ。


私はすっかり緑川紅宇のペースに嵌まり、喋りすぎた事をほんの少し後悔する。

…らしくない。


「あの、さ」

緑川紅宇が左足を軸にぐるんっ、と勢い良く振り向く。

ただでさえ短いスカートが、回転する花びらのように広がる。


「私がアンタに一番言いたかったコト。ようやく分かった。今なら、言いたい」


緑川紅宇の表情がそれまでよりも真剣でくらく見えるのは、沈み始めた夕日のせいだろうか?


「その、誰に抱かれてもソレはアンタの自由。でも、最初だけは。最初だけは、流れとか、そんなんじゃなくて。きちんと選びな、ね。一番最初イチバンサイショって忘れないから。ずっと」


最後は私ではなく、きっと過去の自分に向けた言葉。




結局、その忠告は意味を成さず。


私が本当に好きな人とを迎えたとき。


私が後悔の涙を流すのは、一年ほど後の事だった。

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