第二章 その7 野山乃花 『健全な肉体には健全なる精神が宿る。毎日腕立てしてるヤツは自殺は考えないものだ。』

◇十二月上旬 カーリングホール


その日も私は先輩達と練習があるため、学校が終わった後、カーリングホールを訪れていた。

我ながら受験生がよくやっていると思う。


少し時間があるので二階のラウンジに足を運ぶ。

するとすでに山城玲二やましろれいじ先輩と長門門司ながともんじ先輩、それに伊勢原真紀いせはらまき先輩がラウンジにいた。

長門先輩が何故か机に突っ伏している。

「…長門先輩、どうしたんですか」

とりあえず私も同じ席に着く。

「…ハラヘッタ」

「もんじぃが空腹なのは、いつものことだけどね」

伊勢原先輩が苦笑いしながら言う。

伊勢原先輩はいつものように、首から一眼レフカメラをぶら下げている。

今日もカーリングの写真を撮るのだろう。

そんなに毎回撮るものあるのかな?

ちょっと疑問だ。

「玲二、お前…何か持ってるんだろ?」

「うん、まぁ。あんパンでよければ食べる?」

「食べる」

山城先輩が鞄からあんパンを出すと長門先輩は袋から出して噛る。

…一個で足りるのかな…。


「…アン◯ンマン…て、さ」

唐突に長門先輩が語り始める。

「…空腹を救うヒーローだけど、食べられるのはごく一部だろ?食品ロスが多すぎると思うんだ…」

何故かかじったあんパンを寂しそうに見つめながら、長門先輩が呟く。

「まぁ確かに新しい顔と交換すると、古い顔はまるっと捨てられてますからね…」

何故か私も妙に納得する。

「俺は、もしアンパン◯ンに出会ったら…。残さず食べるつもりだ」

「…もんじぃ、アンパ◯マンの目とか鼻とか食べるつもり?」

…その前に出会える事はない、と断言するが。

「せっかくだから美味しく頂きます」

…その描写はとても児童向けには流せないだろうな。

私は長門先輩がアンパンマ◯に噛りつく姿を想像して、げんなりした。


…そして今日も練習が始まる。

「肩が斜めです。もっと水平に!」

年末の関東中部エリアトライアルまで一ヶ月を切った。

出来る事は少ない。

私は先輩達に対して、徹底的にフォームを叩き込む。

「…酷く窮屈なんだが」

フォーム練習をしながら長門先輩が苦しそうに言う。

長門先輩は床の上でストーンもブラシもない状態でデリバリーのフォームを取り続けている。

「当たり前です。今まではストーンに体重が乗っていたんでしょう。そりゃ楽ですよ。左足の裏と右足の爪先だけで全体重支えて下さい。それから、爪先でコンマ一秒を調整するんです」

「…ぬぉぉぉ…」

「意識を集中するんです」

「み…未来が見えるッッ」

「…そんな修行はしてません」

「…戦闘機が沼から浮きそうだッッ」

「何の修行してるんですか」

「…piiiiii!」

「…山城先輩、変な機械音出さない」

「アー◯ツーディーツー!もっとパワーを!」

「はいはい、ノらない」

そしてバッタリと倒れ込む長門先輩。

最近は長門先輩のノリにも慣れてきて、終始こんな調子だった。

…まぁ、楽しくは、ある。

「長門先輩、自宅でもっと筋トレですね」

「無念」

「健全な肉体には健全な精神が宿る、ついでに心も筋トレですね」

「健全な精神が健全な肉体を育む、じゃないのか?」

「精神を健全に保つのは難しいでしょ。だから筋トレして肉体を健全にするんですよ。そしたら、心も汗をかきます」

…私の精神が健全かは知らないが。


練習が終わると辺りはすっかり暗くなっていた。

「野山、帰りにラーメン行かないか?」

唐突に長門先輩から食事を誘われる。

いや、仮にも(?)腐っても(?)女の子を食事に誘うなら、もうちょっと別の物に誘いなさいよ、とは思うが。

「野山さん、良かったら付き合わない?バイパス沿いのラーメン屋。チェーン店だけど美味っ、しい↓~よ↑?」

どっかの味っ子みたいなイントネーションで伊勢原先輩が私を誘う。

どうやら伊勢原先輩も山城先輩も一緒らしい。

それなら良いかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る