第二章 その6 山城玲二 『君がいるから、だよ』
◇十二月上旬土曜日
公立高校 男子カーリング部部室
その日、部活のフィジカルトレーニングを終えた僕らは部室で
この後夕方から部活とは別で、野山乃花さんによる氷上練習が待っている。
部室長屋の片隅に僕らカー部の部室がある。
その僕らの使っている部室は四畳ほど。
古い畳が敷かれた部室は狭かったが、男子部員は僕ともんじぃしかいないので、特に気にはならなかった。
昼下がりの部室には僕ともんじぃ。
部室の扉は半分ほど開かれ(鍵を締めるためにはとても苦労する程に建て付けが悪い)、グラウンドからサッカー部や野球部、陸上部などの様々な声や音が聞こえる。
ある人は部活が終わっても活動を続け、ある人は意中の人と語らい。
土曜日の午後特有の解放感が溢れた空間。
誰もがそうであるように、僕も当然この時間が好きだった。
カー部の部室には僕ら二人以外にも、写真部であるはずの伊勢原真希ちゃんが居た。
写真部には部室が無いそうで居場所がないから、という理由でちょくちょく顔を出している。
部室は校則により火気厳禁なので、当然寒い。
だが寒さより問題なのは。
「くっ…腹減った…背中と腹はcan't exchange…だと…!?」
もんじぃがお尻だけを天井に向け、うつ伏せで突っ伏している。
まぁこの時間、いつもの事なんだけど。
「さっき、お昼食べたでしょう?」
真紀ちゃんが呆れたように言う。
「食った、が。部活やったらもう無理ぽ。空腹で、餓死で、即死する」
「もんじぃ、空腹で即死はしないよ?」
「いや、俺は餓死で即死する。見るが良い。ハラヘッタ、ぐふっ」
そのままとうとう、お尻からも力が抜け、バタリと倒れ込むもんじぃ。
確かに即死しそうな程の空腹、というのは分からなくはないかな。
特にもんじぃは身体大きいからね。
「もんじぃ、邪魔よ。この狭い部室であんたみたいなでっかいのが寝転ばないでよ」
真希ちゃんは容赦ない。
「もんじぃ、ホラ、“きのこ◯山”の砕けた下半分で良ければ、あげるから」
僕は鞄から“きの◯の山”の箱を取り出し、砕けてしまった下半分を差し出す。
この“きのこの◯”は“たけの◯の里”と双璧を成すお菓子だ。
言うまでもなく、きのこの形をしたチョコレート菓子。
きのこの傘の部分がチョコレートで下半分はスナック。
僕はチョコレートだけを割って先に食べる癖があり、そんなチョコレートが無くなった
「おおお…こんなにたくさんの“きの◯の山”下半分をくれるとは。神か?神なんだな?」
ぽりぽり、がつがつと食べ始めるもんじぃ。
「もんじぃ、あんた
真希ちゃんが苦笑いしながらも、ひょいっとお菓子を摘まむ。
「これは玲二が俺に恵んでくれた下半分だっ。誰にも渡さんぞ」
「いや、なんだかこっちまで切なくなるから、仲良く食べてね」
ばかばかしくも、微笑ましい光景。
その時、がんがんっ、と部室のドアをノックする音が聞こえる。
続いて「っ
おそらくは
「開いてるよ~」
何故か真希ちゃんが声を張り上げる。
「あんれ~野山さん!?」
真希ちゃんがぴょこん、と立ち上がる。
そこには
普段と異なるのは、野山さんは中学校の制服を着ているという事。
つまり、学校帰りか。
「伊勢原さん、写真部のあなたがカー部の部室に入り浸るのは感心しないわね」
部長は真希ちゃんに言うが、特に咎める気はなさそうだった。
「ホラ、私の写真でフォームわかったりするし!?ミーティングよ?ね?ね?」
必死で同意を求める真希ちゃん。
もんじぃはあからさまにジト目になる。
「写真なら確かにフォームの確認は出来ますね。もっとも、録画が一番ですけど」
意外にも助け船(?)を出したのは乃花さんだった。
「
いやドヤ顔されてもね。
フォローにはなってなかったと思うけど。
「で、どうして野山さん…とと、野山コーチがここに?」
「私が許可したの。学校側もOK。この後氷上練習でしょ?その前にやっておきたい事があるそうよ?」
確かに野山さんの首からは「来校者」のタグ…とタブレットPCがぶら下がっていた。
…そのタブレットPCは中学校にも持っていっているの?
ふと僕はそんな事を考える。
野山さんはタブレットPCを水戸黄門の印ろうみたいに取り出す。
「戦術の、勉強」
言い放った。
野山さんの戦術とはつまるところ、カーリングのゲームだった。
…ゲームですら野山さんには勝てなかったのだけど…。
それでも隙間時間で戦術を学ばせようとする野山さんの姿勢はさすがだった。
「また、空いている時間に来ますよ。ゲームでも動画でも良いので戦術の勉強は続けるように」
そして僕ら三人(と何故か真希ちゃんも)カーリングホールへ向かった。
道すがら僕はもんじぃと並んで歩く。
その後から野山さんと真希ちゃん。
もんじぃの歩幅は僕らよりずっと広いのだが、そこは気を遣ってくれているのだろう。
時間はすでに十五時を過ぎている。
吐く息は白く、陰り始めた太陽の日差しは心もとない。
「それにしても」
「…ん?」
僕が話し掛けるともんじぃは視線だけ僕に向けて返事をする。
「なんだかんだ、あのチームで皆カーリング続けたいんだね。僕だけかと思ってた」
「俺もあのチームは気に入っている」
「もんじぃは、なんでカーリングなの?もんじぃの身長ならバスケットとかバレーとか、誘われたでしょう」
僕は前から聞いてみたかった質問をぶつけてみる。
「軽井沢っぽいから」
「…それだけ?」
「きっかけは、な。でも今はそれなりに本気だ。お前は?なんでカーリング続けてるんだ」
僕がカーリングを続ける理由…か。
僕がカーリングを続けてるのは、ね。
それは…。
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