第二章 その5 長門門司 『俺はC.W.ニコルになって戻ってくる。この軽井沢に、な。』
◇十二月上旬 公立高校 二年二組
あの野山乃花というちっこい中学生から指導を受けるようになって一週間が経った。
コーチとは言え中学三年生。
受験勉強もあるだろう。
その為、毎回毎回という訳ではなかった。
それでも、まともな指導など受けた事がない俺達…いや、俺にとっては新鮮で充実していた。
…さて、ここから回想入るぞ?
一週間前。
「始めに確認しておきます。このチーム、皆さんはどこに向かっていますか」
初めてその野山乃花に指導を受けたとき。
彼女の第一声がこの言葉だった。
…どこに向かっているか?
哲学的な質問?
目標は?と問われれば、年末に行われる全国高校カーリング選手権、その予選となる関東中部エリアトライアルに出場して、勝つこと。
それが俺達の目標だった。
「それは、チームとしての目標という事ではなくて、か」
俺は愛想がなくて怖いと伊勢原真希には常に言われるから、俺はなるべく、柔らかく言ったつもりだった。
だが、野山乃花は俺の目をキッ、と睨み付ける。
…言い方がまずかったか。
彼女は俺よりも頭一個分は小さいから自然と下から見上げる形になる。
大きめの眼鏡の奥の瞳はその小さな身長とは裏腹に、存外力強い。
「目標以前の問題です」
そして眼鏡をキラリと光らせる。
…
もし狙ってやっているようなら今度やり方を教わろう。
…俺は眼鏡掛けてないけどな。
「以前にも言いましたけど、このチーム解散してやり直した方が早いですよ。だからこのチームはどこに向かっているんですか?解散ですか?それとも継続ですか?」
この言葉には他のメンバーも即答出来なかった。
「僕は、このチームでカーリングしたい…です」
一番始めに声を挙げたのは玲二だった。
普段大人しいのに、こういう時のコイツは行動力がある。
「俺も、だ」
玲二に俺も追従する。
私立学園の二人(名前なんだっけか)も賛同する。
…なんだ、皆なんだかんだ言ってこのチームが良いんだな。
野山乃花は俺達を見回すと
「分かりました。ただ、たったの一ヶ月では恐らく何も出来ませんよ。第一十二月の中旬には国際大会があるので、カーリングホールが使えなくなりますし」
そこで野山乃花は「むふーっ」とため息(?)をついた。
「…カーリングは先天的な有利不利なんてありません。性格による優劣は多少ありますが。実力の差は即ち練習量と質の差です。全国高校カーリング選手権での一勝。決して甘くはありません」
野山乃花は顎を引き、眼鏡をよりギラリと光らせる。
それ以上光らせると、アニメの黒幕みたいになるぞ。
「もはや氷上練習だけでは時間が圧倒的に足りません。ですので家でもフォームやスイープを練習して下さい。最低限三十分」
「家での練習なんて意味あるのかよ」
私立学園の一人(名前なんだっけか)が噛み付く。
「一日三十分練習して、それを二日続ければ六十分、つまり一時間です。大会まであと一ヶ月とすると、それだけでも十五~十六時間練習出来ます。真面目にやれば、ですが」
そう言われてすぐにソイツ(名前が思い出せん)は黙ってしまった。
まぁそれ以来俺も自宅でのフォーム練習やスイープ練習をしている。
回想終わるぞ。
「もんじぃ、どうしたの?いつもどおり
気が付けば山城玲二が覗き込んでいた。
高校二年になってもコイツの身長は百六十センチほど。
整列して“前へ倣え”をすると隊列の前で腰に手を当てるのが、定番のポジションだった。
童顔だし、下手したら中学生以下にも見える。
どうやら歳上にはモテるらしい。
俺は歳上にも歳下にもモテないから羨ましい話だ。
「いつも通りなら大丈夫じゃないか」
「そっか、そうだね。あ、これ今週号回ってきたよ」
玲二が週刊誌(マンガ)を取り出す。
「かたじけない」
俺は玲二から週刊誌を受け取るとパラパラと
とりあえずグラビアから。
「もんじぃもグラビアから見るんだ?」
「とりあえず
「ふ~ん。やっぱこういう胸大きい娘が好み?」
「俺は巨乳派だ。最初からそう言っている」
「言ってたっけ?」
「…入学式には宣言したな」
「…嫌な入学式の思い出だね…」
暫く二人でグラビアを見ていた。
「そういえば、もんじぃ進路調査、出した?」
「ああ、出したぞ」
「えっ!?早いね。ちなみにどこ志望?」
「北海道」
「北海道大学?」
「いや、北海道」
「北海道?」
「知らないのか?北海道。青森の北にある」
「いやもちろん知ってるけど。まさか進路調査に“北海道”って書いたの?」
「書いた」
「…」
何故か大きなため息をつく玲二。
「それ、出し直した方がいいよ。で、北海道行ってどうするの?」
「いずれカナダに渡る」
「カナダ?」
「そうだ。カナダ。知らないか?アメリカ大陸の北側にある」
「いやもちろん知ってるけど。カナダに行ってどうするの?」
「C.W.ニコルになって戻ってくる。それで軽井沢のNPOでベアドックのトレーナーとして働く」
「うん、ごめん。分からない」
「知らないか?ベアドック。熊に噛み付いてぐるぐる回ったりする犬」
「もんじぃ、それ多分マンガ。実際のベアドックは違うよ」
「そうか。違うのか。でも良い。俺はこの軽井沢で自然と共生する」
「…」
玲二はしばらく黙っていたが。
「うん。よく分からないけど…。もんじぃらしいや」
弾けるように笑った。
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