第三章 その9 樟林 桂(くぬぎばやし けい) 『責任を取るという事さ。』

それからどうしたかって?

こうして生きているんだ。

分かるだろう?

私は救助されたよ。

仲間にね。


アイツは。

連れて帰れなかったな。

アイツと触れ合っていた左腕は無事だった。

私の右腕はアイツの責任を取って死んでしまったがな。


◇◇◇

『…寝ているだけかもしれない…。私は起きたんだ…。テツジだって…。寝て…いるだけだ…』

『ダメだ!死んでいる!諦めろ!』

『連れて帰らなきゃ…連れて…帰らなきゃ…いけない…』

『ヘリだってここまでは来られないんだ。無理だ』

『テツジ…起きろ…テツジ…帰る…ぞ』


…テツジ、テツジ、帰るぞ。

◇◇◇


この話、どうやって締めくくるのだったかな?

ああ、そうか。

少しでもお前さんの役に立たなければならないな。


退院後、テツジのご両親に私は謝罪しに行ったよ。

誰もが私の責任ではないと言ってくれたが。

私のチーム、私のパートナーだったからな。


とても良いご両親だったよ。

仕方のない事だと。

私の責任ではないと。

最後まで私を責める事はなかったよ。

そうだな。

あの人達を私の義理の両親にしたかったがな。  


私は大学を辞めて。

地元に戻ってきたのさ。

かつての恩師に誘われてこうしてコーチなんぞしながら、日銭をかせいでいる。


ああ、綺麗な夜空だな


なんでお前さんが泣くんだ?


お前さんは優しいな。

責任感もある。

例えカーリングで成功しなくとも、お前さんは良い大人になれるよ。

私が保証しよう。


良い大人が何か、だと?

難しいな。

少なくとも私は良い大人ではないからな。


そうだな。

言い換えよう。

お前さんなら賢い母になれるだろう。

賢い母は賢い子供を育てるだろう。

そうなれば、この日本も捨てたものではないな。


私が子供を持つならお前さんのような子が欲しいものだ。

…もっとも、それは叶わないがな。


ミルクは飲んだか? 

身体が温かい内に寝てしまうのだな。

昔話はこれで終わりだ。


私か?

せっかくこんなロマンチックな夜だ。


私はもう少しここで思い出にふけるとしよう。



テツジ、テツジ。

お前はまだあの山にいるのかな。

寒かろう。

もう少し、待ってくれ。

私が体力を取り戻したら。


その時は。




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