終章 その12 『野山の花々 vs 雪華草 2 会話。』

リューリ達の雪華草ダイヤモンドフロストとの試合が始まる。

ちなみに決勝トーナメントのみ第八エンドまでの試合となる。


試合が始まった瞬間、私達の後攻!とか叫んで強引に後攻を選びたいが、L S Dラストストーンドローの結果リューリ達が後攻となる。

先攻となった私達のストーンは赤色。


私は、アイスの曲がり具合を見る為にも様子見として、リードの一里 静ひとり しずかにはハウス前の中央にガードセンターガードを指示する。

「ムリ、緊張キンチョーして、ムリ」

一里ひとり、そういう時は、な。てのひらに文字を書くんだ」

ハックに着いた一里 静ひとり しずか叡山 菫えいざん すみれ先輩が声を掛ける。

「えっと、あ、はい。人って言う字書いて飲むやつ、ですね?」

「いや、魑魅魍魎ちみもうりょう跳梁跋扈ちょうりょうばっこ薔薇バラ醤油しょうゆ獅子奮迅ししふんじん疾風怒濤しっぷうどとう野山乃花のやまのはなをそれぞれ三回ずつ書いて飲み込むのだ」

「書けませ〜んッッ!!いや、最後のは書けるけども!」

「そう、それがいつものお前だ。練習通り、やろう。ハナちゃんは、な。アイツ、諸先輩方から色々言われて煙たがられてるけど、練習方法なんかは一理あるんだ。そのハナちゃんが半年間育てたお前だ。戦えるさ」

「なんだかよく分かりませんケド、練習通りってのは分かりました。自分を信じるってコトですかね?」

「静ちゃん、信じるのは自分だけじゃないよ」

横に控えていた浅間 風露あさま ふうろがはいは~いと手を挙げながら言う。 

「ズバリ信じるのはフォースです。フォースを信じるのです。あのマスターを背負って走り回った修行の日々を思い出すのだ!」

「不思議とマッタク覚えがない…」

「皆!時間!シンキングタイム!無くなるよ!!」

さすがに私は焦って叫ぶ。

決勝トーナメントからはシンキングタイムが各チーム22分と決まっている。

このシンキングタイムが無くなった段階でストーンを投げる事が出来なくなる。

そして、ようやく一里 静ひとり しずかがデリバリーに移る。

うん、半年前に比べてフォーム本当ほんっとうに綺麗になった。

リードとして、ガードと回り込むドローカムアラウンド、散々練習したもんね。

「ん、OKおっけ。ナイス!」

う〜ん、良い位置。

私は一里 静ひとり しずかに向かって手を挙げる。


「邪魔よ。どいて欲しいわ」

そんな余韻に水を差すように、後ろからリューリが現れる。

ブラシでポンポンと、ハウス前のアイスを叩き、ハウス中央付近でブラシを構える。

それ以上何も指示を出すこともない。

『この、鉄仮面が』

心の中で毒づきながら、相手チームリードのリリースに合わせて、私もストップウォッチを押す。

ストップウォッチはアイスの滑り具合を見る為に、用いる。

リューリ達の一投はコーナーガード。

そして一里 静の二投目はハウス内への回り込むドローカムアラウンド

完全にはガードの裏に隠れていないが、まぁ、許容範囲。


さて、突然だがカーリングは氷上のチェスと呼ばれる。

ああいった競技は序盤の立ち上がりってある程度決まってる。

カーリングも同じ。


挨拶のような様子見の、定石。

これが行われる事が多い。

だが、リューリが指示したのは…。

私達のハウス内のストーンへのくっつけるショットフリーズショット


「ちょっと!リューリ!ハウス内をわざわざ狭くするワケ!?ガードの裏で良いでしょ!?」

雪華草ダイヤモンドフロストのサード、緑川 紅宇みどりかわ くうが慌てたように叫ぶ。

しかしリューリはブラシの位置を変えようとはしない。

結局、相手チームのリードはリューリの指示通り、くっつけるショットフリーズショットを実行する。


普通ふつー、後攻はハウス内を広く使う為、ハウス中央ではやり合わない。

何故なら最後に中央さえスペースが空いていれば、そこにドローして最悪一点、左右にバラけた他のストーンと合わせて複数点、としたい為だ。

だから先攻チームはハウス中央にストーンを展開し、ハウスを狭くする。


このストーンは心臓の手前でわざと止めた、弾丸のように思えた。

そして、カーリングは氷上のビリヤードとも呼ばれる。

様々な角度を見て跳弾よろしくストーンを跳ばしてくるカーラーというのは、確かに存在する。

リューリもそんなカーラーの一人だ。

アイツならば、狙撃スナイピングとも呼ばれる正確無比なショットで、ハウス外だろーが、どんな角度だろーがストーンを弾き、この心臓手前のストーンに当て最終的にはNo.1ナンバーワンが取れるのだろう。

このストーンはそんな自信の表れ、という訳だ。


序盤からこんな複雑な盤面にしやがって。

嫌らしくも、感心してしまうのは、ただのくっつけるショットフリーズショットではなく、押し下げるショットタップバックで私達のNo.1ナンバーワンストーンを中央より少し下げさせた事。

こうするとリューリ達のストーンが私達のNo.1ナンバーワンに当たった際、リューリ達のストーンがハウスのド真ん中に来る。


そのストーン一つでリューリが序盤から徹底的に、完膚なきまでに叩き潰そうとする意思を感じ取る。

お前おま、本当に性格悪いぞ?

しかし何故こんな複雑な盤面を序盤から作る?


私はリューリの心理を読み取ろうとする。

小学校、中学校と同じチームに所属していた私とリューリ。

高校が分かれてからチームも別々になり、公式戦で当たるのはこれが初めてだ。

こんなに無茶をしただろうか?

リューリは、所謂いわゆる天才だ。

、感覚で判断をする。

今回に関しては違う気がする。

ギリギリを攻めて自分に挑むような?


そこで私はカーリングの、一つの真理らしきものに辿り着く。

それは大前提、『敵(相応しくない表現ではあるが、リューリの心理的にはこの言葉が合うので敢えて使う事にする)』がいなければカーリングは出来ないという事。

では『敵』が必要不可欠なこの競技において最も簡単に、かつ明確に自分が強くなる方法は?

答えは、『敵』に勝つ事。

それもなるべく『強敵』に。

リューリはきっと実戦の中で挑戦して、自分を試して、より強くなろうとしている。

その中で『敵』にも成長を望んでいるのだ。

成長した『敵』に勝ち、より自分を成長させる。


そこまで考えて苦笑する。


どれだけ言葉を交わすより、一度カーリングでぶつかった方がその人間が分かる事が多い。


ああ、今、私はリューリと氷上アイスの上でなんとも濃密な会話を交わしている。

お前、カーリングを通して誰かと繋がりたいだけじゃないのか?

なんとも不器用なヤツだよ、お前は本当に。

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