第二章 その9 長門門司 『宇宙人は三角形を知っている。』

関東中部エリアトライアルまで残り一週間となったある日の午後。

今日も俺達は部室に集まっていた。


チームメイトの山城玲二やましろれいじ、写真部だが何故かカーリング部カー部の部室に入り浸る伊勢原真紀いせはらまき、それに…コーチで中学三年生の野山乃花のやまのはな

よくよく考えると変な面子だ。


初めてこの部室を訪れて以来、野山乃花は週末になるとこの部室に顔を出し、戦術の勉強と言って俺達とカーリングゲームで遊んで行くのだった。


「プレイヤーへのダイレクトアタックです」

「あちゃ~また負けた!」

野山と真紀で何かやっていると思ったが…カーリングゲームのはずが何故かカードゲームに変わっていた。


以前四人で食事をした際、野山乃花が俺達がよくやるゲームで以前対戦したプレイヤーだと分かった。

それ以来、四人で夜にネットゲームする事もある。


「次、玲二やる?」

伊勢原真紀がスマートフォンを放り投げる。

「野山コーチはカードゲームも強すぎ。僕は無理」

「もんじぃは?」

「野山…コーチと対戦するならカーリングゲームにしとう存じます」

「だってよ?どうする?」

…いつの間にか野山乃花のあだ名が“はなっち”になっている。

野山乃花はいつものようにくしゃくしゃの頭にヘッドフォンを装着し、マフラーを口元まで引き上げていた。

体育座り、膝の上にタブレットPC。

今日は練習の時と異なり、中学校の制服を着ている。

制服を着ていると、野山乃花コイツって本当に中学生なんだなと思い知らされる。

野山乃花は俺の視線に気付くと、膝をぴっちりと閉じ、スカートを膝下まで引っ張る。

…そんな事しなくても、お前の下着なんぞ見るつもりはないのだが。


そして

「むふ~っ」

…と息を吐き出して(眼鏡が曇っている)俺をじろりと見た。


初めて会った時から好かれていないのは分かっているが、少しくらい慣れて欲しいものだ。

この野山乃花という中学生は、全く人になつかない野良猫のようだった。

…アイツから見て俺は何に見えているのだろう?

ふと疑問に思う。


「…いいですよ」

野山乃花は不承不承ふしょうぶしょう答える。


俺もスマートフォンを取り出し二人でカーリングゲームを始める。

しかし、何度やってみても、ゲームですらこの野山乃花には勝てなかった。


案の定、この試合も負ける。

…何となく沈黙。

「野山…投げ手がスキップの指示より一度角度を間違った方向に投げたら…どれ位ストーンはズレる?」

前から疑問に思っていた事を聞いてみる。

一応、俺なりのコミュニケーションなのだが。

「恐らくストーン半分くらいじゃないですか?」

野山乃花は小首を傾げたが、答えてくれた。

「そうか。実は計算してみたのだが」

「…計算?」

意外にも野山乃花は食い付いてきた。

「三角関数と言うヤツだ。高校で習うだろう」

「うぁ~で、でたぁ~!もんじぃの愛した計算式ぃ!パスパスパスぅぅ!!」

「真紀ちゃんの数学アレルギーが!?落ち着いて真紀ちゃん!」

真紀に続いて玲二の叫び声が響く。

真紀コイツは古典アレルギーに数学アレルギーに。

…勉強全般的にアレルギーがあるのだろうか?


「で、どんな計算なんですか?」

野山乃花が真顔で聞いてくる。

「投げ手側からスキップまで直線を引き直角三角形を作る。ズレた角度をθシータ、最終的にズレた距離をbとすると、b=a・tanθという式が成り立つ。ここでθを一度、a…つまり投げ手からスキップまでの直線距離を50mと仮定すると」

俺はスマートフォンを取り出し関数電卓アプリで計算する。

便利な世の中だ。

「b=0.872m。つまり87.2㎝。もちろんカーリングシートは50mではないし、回転やらスイープやらがあるからこんな風にはならないが。いかに繊細なスポーツか分かる」

野山乃花はその小さな顎に手を当てて眼鏡をキラリと光らせる。

「長門先輩は…数学好きなんですか」

もんじぃコイツはね、普段とぼけていても、勉強できるのよ。もんじぃの癖に~」

「…真紀ちゃん、控えめに言ってみっともないよ」

玲二の苦笑い。

「俺は文系より理数系が好きで…な。理数系の物理学や化学、地学、数学はこの世に元々存在する不思議な力や現象を、俺達に分かるように表した学問なんだ。三角形は人間が造り出した物じゃない。この世に元々存在するんだ。きっと宇宙に行っても…月や木星に行っても三角形の定義は通用する。だから」

そこで、俺は一旦言葉を区切る。

…喋りすぎているな、と心の中で苦笑しながら。

「宇宙人が地球にたどり着いたとしたら、ソイツはきっと三角形を知っているはずだ」

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