終章 その2 伊勢原真紀 『So much for my…』

私は居ても立っても居られず、柔剣道場に向かう。


柔剣道場からは地響きのような掛け声や、叩きつけるような足音が聞こえてくる。


確かにこれなら周りに聞こえないだろうけど、告白をする本人達にも会話は聞こえるのだろうか?


裏手に周ろうとすると。

小走りに女子が走ってくるのが見え、私は慌てて方向を変える。

力一杯怪しいが、その女子は視線を落としたまま私には気付かず、立ち去ってしまった。


きっとハナっちが言っていた三年生の女子だ。


あの角の向こうにいるのは…。

心臓がバクバク脈打つ。


そこには佇んでいる山城玲二やましろれいじ

ポケットに手を突っ込んでぼうっと空を眺めている。


瞬間。


あれほど外まで響いていた、柔剣道場の喧騒が消えたようだった。


私の視線が玲二の横顔に吸い込まれる…。


私のレンズが、彼の横顔にピントを合わせて離れない。


そんなはずないのに、玲二の横顔がズームで私の目の前に広がる。


それこそ、肌の産毛が見えるほどに。


ホント、童顔。

きちんと第二次性徴期、来てる?


高校三年間の付き合いだけど、先輩によくモテてたね。

もんじぃと二人でまたか…って言ってた。

いつからだろう。

カメラを構えたら、真っ先に玲二にピントを合わせるようになったのは。

その横顔、好きだよ。

ねぇ、玲二の心の中にいるヒトって…誰?

まさか。

アイツじゃないよね?


カミサマ…なんて祈ったコトないけど。

もし、いるなら。

私に数分間、勇気を頂戴ちょーだい


「…玲二」


私の彼を呼ぶ声は呟いただけだったはずたけど、きちんと届いたようだった。

玲二が空から私に視線を移す。


「真紀ちゃん?」


そう言えば二人になる事って少なかったね。いつももんじぃと三人。

去年からはハナっちも混ざって四人。


私は、この関係かんけーを変えたい。


「…はは、また告白?モテるね〜玲二は」


「嫌だな、見てたの?うん。…断ったけどね」


その言葉にホッとする私がいる。


「そっか。…断ったんだ」


そして。


…私は。 


「ね、玲二ってさ。いつも断るけど、好きなコでもいるの?」


私の勇気の無さから順番を間違える。

それは、もう。

取り返しのつかないくらいに。 


私は、玲二の答えがどうあれ、自分の気持ちを真っ直ぐに伝えるべきだった。

その為に、来たのに。


玲二は少し迷った様子だった。

でも私の目を真っ直ぐに見据えて。


「…いるよ」


はっきり答えた。


一瞬私の鼓動が高鳴る。

私であって欲しいという根拠の無い高鳴り。


でもそれ以上を玲二は言わない。


それは、好きな人を目の前に告白を躊躇ためらう様子ではなかった。

つまり、私ではないのだ。

玲二の意中の人は。


「…もんじぃ…なの?」


耐え兼ねて私は、私の中にあった疑問をぶつける。

私が玲二を追って写真を撮れば撮るほど。

玲二の視線の先にはもんじぃがいた。

まさか、ね。

そんなはずは、ね。

それ以上考えず否定していた。


「…そうだよ」


今度こそ、玲二は覚悟を決めたように言った。


「…そうだよ。僕はもんじぃが好きだよ。友達じゃない。恋だよ」


足下が崩れ去るとは、こういう事。

ガラガラガラと私が粉々になる感覚。


「だって、だって。?」


私のコントロール出来ない私が壊れた玩具おもちゃみたいに、喋り続ける。


私は、自分の頭のずっと上。

まるで、映画のワンシーンを観るようにその様子を眺めている。


「好きなの。私。玲二のコト。私にして」


手も、足も、心も、震えていた。

何に?

怒り?

憤り?

切なさ?

私のコントロール出来ない私は、言葉と言う名の、ナイフを繰り出し続ける。

ダメ。

それ以上、喋らないで。

私は私を、このワンシーンを止めようと試みる。


「…男の子同士なんて」


お願いだから。

止まって。

ッッッお願い。

止まってッッッ!!


!」


…言ってしまった。


玲二は。

玲二は傷付いていた。

私の言葉という凶器に。


「…真紀ちゃんなら。分かってくれると思ってた」


顔を歪めて自嘲気味に。

こんな玲二、見たコト、ない。


その一言で、私は玲二が今まで相談出来なくて、迷って、溜め込んで、吐き出したのだと、分かった。


でも、私のコントロール出来ない私は、まるで台本をなぞるように、言葉を発し続ける。


「分からない!何で、ずっと、ずっと一緒に居て。私は?私は何だったの。そんな目でもんじぃを見てたの?間違ってるよ。気持ち…悪い!」


「僕のような」


心の底のくらい場所。

そんな場所から絞り出される玲二の声。


「僕のような少数派マイノリティが間違っていて、多数派マジョリティが正しいなら。それこそが間違っているよ」


私は、玲二のあわれむような視線に耐えきれず、逃げ出した。

走りながら、真っ白な頭の中で、昔聞いた音楽のフレーズが頭を過る。


それはきっと。

このどうしようもないワンシーンの、エンディングテーマ。


あなたは私の全てだったのに。

あなたとの楽しい思い出が徐々に消えていく。

ロクでもないわ。

あたしが主演女優ヒロインじゃ、どんな映画もエンディングなんてこんなモノね。


消えていく。

思い出の全てが。

あたしが主演女優ヒロインじゃ、どんな恋物語も、エンディングなんてこんなモノね。

ミスキャストだったのよ。

あたしは。


観客は皆立ち去って。

幕が閉じても、拍手なんて聞こえやしない。

もちろん、アンコールもない。

終わってみれば、こんなモノよ。


あたしが主演女優ヒロインじゃ、どんな映画もエンディングなんてこんなモノね。


こんなモノよ。


恋の終わりなんて、こんなモノよ。

あたしが主演女優ヒロインじゃ…ね。


こんなモノよ…。

あたしなんかじゃ…ね。


あたしが主演女優ヒロインじゃ、どんな映画もエンディングなんてこんなモノね。

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