第四章 その6 機屋リューリ 『私の隙間。

練習が終わり、カーリングホール二階のラウンジで一休みする。

外に目を向けると、桜が山の中で桜が咲き始めていた。

都会では三月に咲くと聞くけど。

軽井沢ここではゴールデンウィークくらいね。

しかも都会のようにまとまっていないから山の中にポツポツと見える程度だ。

しかしその姿は淡く…どこまでも白に近いピンク色で。

とても慎ましく見えた。


一方室内。

ガラス越しの一階に目を向けると、カーラー達がストーンを投げている。

気が付いたらカーリングをしていた自分にとってアイスの上を滑ったり、ストーンを投げたりする行為は至極当たり前だった。

毎日毎日、ストーンが当たったの当たらなかったの。

そんな事で一喜一憂したり、機嫌良くなったり悪くなったり…。

こんな狭い空間で。

考えてみればバカバカしいわ。

辞めてしまっても良いのだ。

そうすれば…。

そうすれば、このモヤモヤした感覚からも解放されるだろうか。


パパが倒れてしまったとき。

パパがもう二度とカーリング出来ないと知ったとき。

私の心の中は手足が痺れるほどの寒風が吹き荒びふきすさび…。

それは今も止まない。


『欲しい…欲しい…』


うるさいわ。


『焦れる…』


黙りなさい。


私の身体の奥。

心の奥底から聞こえる声。


『私の隙間を埋めてくれるのはパパだけ』


分かっているわ。


私のパパに対する愛情は異常。


小さい頃は…否、身体が育てば育つ程に、

パパが倒れ、すら出来い身体になったのは、果たして不幸だったのか、幸運だったのか…。


…私には春なんか来ないのではないかと憂鬱になり、憂鬱になっている自分にイライラする。


悪循環。

隙間を、埋めてくれるモノ。

いつからか充実に満ち足りていたカーリングですらも、その役割は果たしてくれない。


今日はパパに会いに施設まで行こう。

そう、心に決める。 


…パパの淹れてくれたコーヒーが飲みたい…。

また同じ事を考えてしまう。


コトン、と音がして振り向く。


私の言葉が漏れていた訳ではないだろうが、何故か私の前に缶コーヒーが差し出される。

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