第二章 その13 野山乃花 『今日の自分が生涯最高の自分だと思え。そして明日の自分は今日の自分を越えて行け。』

◇十二月末 全国高等学校カーリング選手権大会 関東中部エリアトライアル


ブランクエンドで第二エンドを終え、第三エンド。

相手チームのミスもあり、なんと我がチームが二点を取る事に成功した。

第三エンドを終わって二ー二に対に

いや、奇跡だろう。

カーリングの神様が気まぐれでチャンスをくれたか。

まぁ、私の嫌いな神様などと言うものがもし存在するなら、練習量に見合った妥当な結果をこの後に用意してるだろうけど、さ。


今回の大会は第六エンドまで。

第三エンド終了時に五分間の休憩ハーフタイムが入る。

まぁ、いわゆる「もぐもぐタイム」というヤツだ。


「玲二達、良い試合してるね。はなっちのおかげだよ」

一眼レフカメラを首にぶら下げたまま、ふぅっとため息をつきながら伊勢原先輩が言う。

私もそうだが、気が気じゃなかったのだろう。

「…その言葉は試合が終わって…先輩達が勝ったら。もう一度言って下さい」

「そっか…そう、だね」

シートに、降ります」


私は逸る気持ちを抑え、それでも外見的には余裕綽々よゆうしゃくしゃくとシートに向かう。

…コーチというのはどんな時も冷静で慌てたりしないものだろう…たぶん。

結局ゆっくり歩くのがもどかしくて、最後は小走りだったが。


先輩達は各々バナナやチョコレートを噛っている。


「玲二ぃぃ~何か持ってるだろ~くれ~」

長門門司ながともんじこともんじぃ先輩が山城玲二やましろれいじ先輩にたかっている。

「はいはい。試合の時くらい、何か持ってきたら?」

「持ってきたけど試合始まる前に食ってしまった」

「あんパンでいい?」

「かたじけない」

長門先輩があんパンをもふもふと食べ始める。


そんな四人の姿は、なんだかイッパシのカーラーみたいでほんのちょっとだけ、頼もしかった。

…ちょっとだけ、な。


「…第一エンドに二点取られて開き直れたようですけど、何かありましたか?」

私が先輩達に尋ねると先輩達は一瞬顔を見合せ…。

「野山…コーチのおかげ、さ」

長門先輩が言い、そして先輩達は申し合わせたように笑い合った。


「…なんだか者にされたようで気分が悪いです。なんですか?」

シートに降り立ち、精一杯張る。

訂正…張れないかもしれない。

そして、先輩達は理由を答えない。


「…まぁ、良いですけど。前半はよく耐えてました。けど、このままの点を取り合ったら第六エンド最終エンドは相手チームの後攻です。その展開では負け確定です」

全員が真面目な顔になる。

「次のエンド。ハーフタイム後のエンドは特に流れが変わります。相手も立て直してきますよ」


…なんだろう。

歯がゆい。


私はもっと、もっと言わなければならない事があるはずなのに。

コーチってこういう時、何を言えば…?

…もっと具体的に。

こんな当たり前の話ではなく。


…結局私は何も伝えらなかった。

…口惜しい。


「…このシートは後半どんどん滑るようになります。ドローウェイト、慎重に」

やっとの事でそれだけ言うと、そのまま先輩達を見送った。


コーチ席に戻り、どかりと席に座る。

私は未熟だ。

カーラーとしても。

コーチとしても。


でも。

そんな言葉、口が割けても吐かぬ。

私は奥歯をぐっと噛み締める。


“未熟ですが精一杯頑張ります”

なんてのは甘え。

コーチである以上、未熟では許されぬ。

せめて、姿だけでも。

意気込みだけでも。

私はコーチでなければ、ならぬ。


選手はコーチに、貴重な時間と、たった一度のチャンス、それに夢を託すのだ。

自分は未熟だなどとヤツに、誰がついてくるものか。


私は現状のスペックでやれる事をやらねばならん。

「むふ~っ」

ため息ひとつ。


次の試合のためにも。

記録をつける。


そして先輩達が不安にならないよう、精一杯張るのだった。

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