第五章 その5 緑川紅宇(みどりかわ くう)『心と身体を少しずつ、細かく刻んで売る行為。』

七月。

カーリング部の練習終了後。

「ちょっとアンタ聞いてるの!?」

アタシの制止をいつもの様に無視して機屋はたやリューリはカーリングホールを出ていく。

ブラシを叩きつけたい衝動を何とか堪える。


ため息。

リューリとチームメイトになってそろそろ二ヶ月。

練習試合には負けない。

だが、負けていないだけだ。


アタシがこの私立学園に来たのは、ほぼカーリングの為。

本当にを目指すなら青森とか、北海道に行くべきなのだが。

そんな学費かねはない。


それに、ここでにっくたらしいが機屋リューリとチームメイトになれた事も幸運…だと思う。

技術だけは一流だから。


まぁアイツはアタシを覚えていなかったが。

それでも、這い上がる。 

…アタシは。


カーリング場を出ると、外はまだ明るい。

今日は土曜日だから、練習が終わってもまだ時間があった。

アタシは何となく予感がして、携帯を取り出す。

案の定、いくつか通知が来ていた。

一つは母から。

いつも通り帰りが遅くなるってこと。

他のは…。

 

…男から。


『今夜、どう?』


という短いメッセージ。


その誘いのメッセージだ。

アタシは頭の中で財布の中身を思い出す。

それにスライダー部分も、つま先もボロボロになりつつあるカーリングシューズの事も。

スライダーを替えるなら大会前が良い。


最近、機屋リューリアイツといるせいでストレス溜まってるし。

疲れてはいたけど、くらいなら。

そう考えをまとめると身体の奥からチリチリと熱が込み上げてくる。


アタシはメッセージの送り主に電話を掛ける…。


◆◆◆


アタシが自宅に帰り着いたのは夜の十時を回っていた。

それでも母はまだ帰宅していない。

食事は済ませてしまったし、母はお店で客との付き合いで何か食べてきているだろう。


ベッドにそのまま倒れ込む。 

左胸が物理的に痛んだ。


『くぅ〜。チクショウ。あのオッサン、思い切り乳首を噛みやがった』 


悪態をつく。

今度はを割り増しにしてやる。


それでもによって火照ったアタシの身体。

熱を帯びていたのに、寒い。

アタシは寒くて身体を抱きしめる。

こうしてお金をもらって。

好きでもない男に抱かれて。


その度に自分の心と身体を細かく刻んで売っているみたい。

アタシの一切れひときれ三万サンマン四万ヨンマンってとこか。


シャケの切り身は百グラム百円くらい?

そう考えると…高いんだか安いんだか。

そんなコトを考えたら比べる対象が情けなさ過ぎて、涙が滲んでくる。

自分の身体を売るという行為は…何と惨めなのだろう。


援助交際えんこう、売春、セックスワーカー。

呼び方は何でも良い。


アタシがやってるのは、つまりそういうコトだ。

学校がっこにバレたら退学処分かな。 

でも先生センセー達が生活費はくれないし。

バレたら、真っ当マットーな恋愛だと言い張るか。


しかし。 


アタシはいつまで続けるのだろう?



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