第五章 その6 緑川紅宇(みどりかわくう) 『人生を狂わせた一投。』

モチベーションモチベが思い切り下がったアタシは、おもむろに携帯を取り出す。 


気分が沈んだ時の、アタシの回復方法。

お父さんの昔の試合を見るコト。


臥薪嘗胆がしんしょうたんというヤツ?

だが携帯から流れる動画は飛び切り苦い。


それは、今から十年ほど前の、お父さんの


◆◆◆

十年前。

二○✕✕年一月。

日本カーリング選手権大会

決勝戦


まだ幼かったアタシは稚内市のカーリングホールでお父さん達の試合を見ていた。

生中継されている放送を母が手元の携帯で流している。


この試合で勝ったチームが三月にスウェーデンで行われる世界選手権に出場する。


そこで六位以内の入賞を果たせば、来年開催されるバンクーバーオリンピックに日本として、出場枠が獲得出来る。


札幌は二度目のオリンピック招致に向けて動いていたが、残念ながら落選。

オリンピックはバンクーバーでの開催となった。

開催国であれば必ずオリンピック出場枠が与えられるが、他国となれば世界選手権で結果を残さねばならない。

だが、却ってそれがカーラー達をやる気にさせていた。

今度こそは、と。

日本男子カーリング界の悲願。

オリンピックでのメダル獲得に向けて。

例年以上の盛り上がりを見せる日本選手権大会。


そこまで幼いアタシは理解していなかったが、試合前のお父さんの緊張した顔や、ピリピリとした雰囲気。

子供ながらに大人達の興奮が伝わって、お父さんは凄いことをしているのが分かった。


カーリングのルールはお父さんから教わって知っていた。

アタシは気が付いたらカーリングをしていたから。


相手チームは…チーム名は分からなかったけど、青いユニフォームのチーム。

お父さん達を負かす嫌な相手。


でも状況はお父さん達が有利。

だって点数は同点だけど、最終エンド第十エンド、お父さん達が後攻だから。

どんなに状況悪くても一点は取れる…ハズ。


母の携帯から、実況が聞こえてくる。

反対側のコーチ席の上段。

解説実況席が設けられている。

そこから流れてくる実況だった。


"さぁ、いよいよ大詰めを迎えました、日本カーリング選手権大会決勝戦!この試合、後はスキップ緑川選手の最後の一投ラストストーンのみ。どうですか?ヤマグチさん。この状況は!?"


"緑川選手の大好きなテイクアウトですからね。これは外さないと思いますよ。ただ、先攻チームスキップ機屋はたや選手のドローが完璧でしたから。このナンバーワンを出せなければ、スチールで緑川選手達は負けですからね。プレッシャーが掛かります"


"緑川選手はバックスウィング投法という、最近では珍しい投法ですね。ボーリングのようにストーンを後ろに振りかぶって投げるスタイル。ヤマグチさん、驚かれた方も多いのではないでしょうか?"


"確かに最近では見ないですね。でもそこに彼のこだわりを強烈に感じます。ここは注目しましょう"


お父さんとサードのチームメイトは、時間ギリギリまで攻めるコースを話し合う。

幅をどれだけ取るか?

何度も何度も話し合う。

纏まらない。

お父さんがイライラしているのが伝わってくる。


"ここは時間を掛けますね。…と、どうやら決まったようです。さぁ、緑川選手がハックについた。前をじっと見つめます。振りかぶって…リリース"


アイスから離れる事がないハズのストーンが重力から解き放たれ…一瞬、宙に浮く。


その一秒にも満たない時間、ストーンが弧を描く…その軌道は…美しい。


リリースした瞬間、「Yes!」のコールが聞こえた。

「ナロー!」

「曲げるな!」

「浅いぞ!」

「Yes!!」


お父さんのストーンは自分達のストーンのみ弾き出してしまったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る