終章 その15 『野山の花々 vs 雪華草 5 野山乃花のバックハンド・ブロウ。』
突然だが、
仮にM選手としよう。
まだ私が産まれていなかった頃、今から二十年ほど前の事。
当時翌年に開催される北京オリンピックに向け、日本代表を決める為の選手権が開かれていた。
M選手の何が凄いって言うと枚挙に
聞いたところによると、それまで破竹の快進撃を続けていた所属クラブを解散し、新しいチームを結成。
自分が勝ちたければ同じチームで続ければ良い。
だが、一強体制というのは男子カーリング界にとって良い事がない。
本人が自分の考えを口にしない為、皆が皆勝手に推測したが、恐らくM選手が狙っていたのは男子カーリング界の群雄割拠。
それまで同じチームに所属していた仲間達は散り散りになり。
果たして彼の狙い通り、男子カーリング界は各地でチームの再編成が行なわれたのだという。
チーム解散から三年後。
北京オリンピック日本代表を掛けた選手権では、どのチームが勝ってもおかしくない熾烈な戦いが繰り広げられた。
その私が敬愛して止まないM選手の一戦。
某動画配信サイトで観た北海道常呂市のジュニアチームとM選手の予選の試合を私は思い出していた。
彼はやってのけたのだ。
最終エンドで三点差、という絶望的な状況で相手チームに追い付き、
だから、私は諦めない。
その試合を頭に思い浮かべ…。
私はリードの
相手も疲れている。
二投目もコーナーガードを指示。
ほぼ横に並んだ良い位置に止まる。
「ナイスッ!静!」
一里静が片手を真上に付き出す。
…カッコいいぞ。
「
そしてセカンドの
叡山 菫先輩は手をひらひらさせて応える。
これが
■「Mais le dernier mot est-il dit? 」
(最後の言葉は発せられたのか?)
両チーム合わせて五投目を投げ終わりコーナーガード一つが、いとも
まだ。
まだ一つ、コーナーガードがある。
たった一つ残っているコーナーガードの裏へ、確実に
しかし。
リューリ達はそのコーナーガードから
遮るものの無い、ハウス内にはたった一つの、あまりにも心もとない、
正に風前の灯。
「
サード、
否、正確には四十五メートル先の表情など見えない。
それでも全身から漂う緊張感が、私にも伝わる。
浅間 風露には相手の
そして、何とか二つの
これが
■「L'espérance doit-elle dispara i^tre? 」
(希望は潰えたのか?)
リューリ達はガードとなっていた自分達の
ついに、私達の
ここで私は最初にリューリ達が投げたティーライン奥の
これでハウス内には三つの
冷や汗モノだが、ハウスを広く使えている。
そして各
悪くない。
…悪くないぞ。
狙えるはずは無い。
それでも、
四十五メートル先から狙撃銃で心臓を狙われている感覚。
冷や汗が、止まらない。
息が、苦しい。
「リューリ!速くなってきてる!チョイ右側!」
違うぞ。
緑川紅宇よ。
お前は
…私はこのギリギリの場面で、何故かそんな事を考える。
度し難い程に、それ程に私の視界は広く、他所のチームの事まで心配してしまうのだ。
ハックで構えるリューリが苛つくのが、分かった。
…リューリのダブルテイクアウトは失敗。
それでもきっちり一つ
■「La de'faite est-elle de'finitive? 」
(敗北は決まったのか?)
今度は
リューリの
いつからか周りの音が聞こえていない。
でも、静寂ではない。
リューリがハックを蹴る。
「
緑川紅宇の叫び声。
スウィーパーの懸命なスウィープ。
リューリの一投は、一つの
そしてもう一つにも当たり…。
「「「「ッッッ出るなー!!!」」」」
■「Non!」
(否!)
叫んでどうにかなるもんでもないが、私達四人は一斉に叫ぶ。
その甲斐あってか(?)ギリギリ、本当にギリギリ私達の
リューリの
結果ハウス内には私達の
私が最後に一投、ハウス内に入れれば三点。
いや、もう腐ってるけども。
決めるよ。
決めてやるさ。
ハックの前に立つ。
嫌だな。
緊張で泣きそうだぞ、私は。
シートはこんなにも広かっただろうか?
ハウスはこんなにも遠かっただろうか?
私は…こんなにも小さかっただろうか?
今なら分かる。
百回練習して百回成功していたって、一回の実戦には遠く及ばない。
失敗した選手に対して「あの時はこうすべきだった」、なんて後付で非難するヤツがいるが。
ならば私はソイツに言う。
ふ、と。
私は
…
一方
二人の姿は対照的。
そうか。
そうだ、な。
私と戦えて、
その
心は決まった。
『
いつもの手順でフォームを確認。
『
お尻を上げすぎず、左足を真っ直ぐ下げ…。
『
左足は、前に出すだけ。
『リリースはキレ良く。でも未練を残して』
行け!
いや、おい!?
「ウェイトがない!」
「ラインは良いよ!」
「いや、これウェイト!?」
「ウェイト無ければ?」
「「「Yes、でしょ!!!」」」
「届かせて!」
「六?七まで!」
「ハウスに入れば何処でも良い!」
「私、も!三、人、で!」
「ボク、も、いるから、四人、だよッッッ」
「Yes!」
「最後まで!!」
「最後まで!!Yes!」
「諦めないで!Yes!」
「うわぁぁぁぁ!」
「皆のYesを分けてくれ!」
「届いてッッッ!!」
最後は四人全員でスウィープし、なんとかハウス内に持ってくる。
「ハァハァ、やった!」
「三点?三点だよね!?」
「さすが、ハナちゃん!」
「いや、あの、ビビリ、でしたけどね」
四人で肩を抱き合う。
まるで勝ったかのような喜び方。
これで
試合は
…これが野山乃花の
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