終章 その16 『野山の花々 vs 雪華草 6 お父さんの後姿、その先。』

緑川紅宇アタシの目の前で、それは起きた。

第八エンド最終エンドで三点差だよ?

百パーセントとは言わなくても八十パーセント勝ち確定カチカクじゃない?

そりゃぁさ、油断はしないよ。

でも、二点まで取られて良いんだ。

状況は有利なハズだった。

それを、あの野山乃花ちっこいのは三点取って同点にしてしまった。


いいや、今でも有利だよ。

アタシ達は。

延長戦エキストラエンドで後攻だ。

同点だけど一点取りゃあいいんだ。

大丈夫、大丈夫なハズ。

でも、でもさ。

もし万が一、相手に一点取られたらスチールされたら

足が震える。

あの野山何を考えてるか乃花分からないヤツがここまでの展開を読み切っていたら? 


見なよあの顔を。

あの眼鏡の奥の眼を。

ああいうの、何て言うんだっけ?

羊の皮を被った山羊やぎ

蛇を睨むカエル?

井の中のかわず異世界を知らずしてオレTUEEE!?


マズイ。

冷静にならなきゃ。


そう言えば中学生の時。

リューリとあの野山乃花ちっこいののチームと試合して勝てなかったっけ。

あの二人と組めたら。

そんな事を考えてアタシはこのアタシ立学園に来た。

あの野山乃花ちっこいのとリューリとチームになれたら…。

アタシは取り留めの無い事を考え出している自分に気付き、頭を振る。


リューリを見ると何て言うか少なくともショックは受けてないみたい。

いや、それどころか薄っすら笑ってる。

アンタはどこぞの少年マンガの主人公か…?

敵が強い程燃えるとか勘弁。


延長戦エキストラエンドで一点、一点取ればいい。

それは即ち、リューリの最後の一投ラストストーンが決まるか否かと言っても良い。

どんな状況だろうとリューリがストーンをハウスの中心に入れれば良いのだから。


延長戦エキストラエンドが始まるとWild相手Flowersチームはハウス手前にガードを置き、ハウス内をごちゃごちゃと使い始めた。

ハウス内にストーンが少ないクリーンな展開なら雪華草アタシ達が有利になる。

リューリが最後に放り込むラインや場所があれぼある程良いのだから。


流れが悪い。

ナンバー1ワン2ツーを相手に取られた。

でもダブルテイクアウト出来る角度だ。

アタシ自身がプレッシャーに潰されそうになる。

ハックに立つ。


アタシの隣にあの日の、日本代表戦で負けた時のお父さんが重なる。

そして、ある雨の日。


「紅宇が、父さんの代わりにオリンピックを目指してくれないか」


そう言い残してお父さんは帰らなかった。

お父さん、お父さん。

お父さんもこの景色を、重圧を感じていたのかな。


お父さんと一緒に燃やされるはずだった道具はアタシが引き継いでいる。


つま先がテカテカになったシューズは大きいけど、アタシが履いている。

画面がひび割れたストップウォッチは、アタシの腰にぶら下がっている。

ほつれたグローブはアタシの両腕に。

そして、古ぼけた木製のブラシはアタシの左手に握られている。


重い。

重いよ。

お父さんから譲り受けたシューズが、ストップウォッチが、グローブが、ブラシが急に重く感じた。


いつも通りのバックスウィング投法。

でもテイクアウト出来たのは一つだけ。

その一つもあの野山乃花ちっこいのに出されてしまう。


結局、リューリの最後の一投ラストストーンまでに形を整えられなかった。

アタシの選択はハウス前自分達のガードストーンを後ろに飛ばしてランバックさせてWild相手Flowersチームのナンバー1ワンヒットステイ当てて止める

 

アタシは当てる場所を慎重に見極める。

速くなってきているから少し寄せるか?

いやしかしそれで厚く当たりすぎると…。

シンキングタイムも少ない。

あの日のお父さんも、最後の一投ラストストーンで仲間と険悪になっていた。

アタシの目の前にまたあの日のお父さんが浮かび上がる。

ブラシの幅を何度も、何度も変えて。

落ち着かない様子のお父さん。


だめ。

決められない。

いや、泣きそう。


その時、あの野山乃花ちっこいのがアタシの後ろで信じられない事を囁いた。


「緑川紅宇よ。お前さんが見るべきは、ラインでもアイスの状態でも、ない。仲間達チームメイトの顔だ」


ハウスの中にはアタシと野山乃花だけ。

だから他にも聞こえていないだろう。

そもそも本当に野山乃花が囁いたのか?

アタシが後ろを振り向いた時には、野山乃花の口は閉ざされていた。

仲間達チームメイトの顔。

アタシはハッとなって、四十五メートル向こうを見た。

リューリがハックに立ち、両脇にスウィーパーの蘭と成美が立ち、三人でこちらを見ている。


…とても心配そうにこちらを見ている。


それは、勝敗の行方より。

きっと、きっとアタシ自身を心配する、眼差し。

仲間チームメイト


あ…。

目の前が明るさを取り戻す。

お父さんの幻が消えていく。


お父さん、アタシ、ね。

お父さんがあの日、見えなかったもの、見付けたよ。

それは、仲間チームメイト

アタシ、カーリング頑張ってるのはアタシ一人だと思ってた。


アタシ一人でカーリングやってるんじゃなかったね。

だから。


アタシは四十五メートル向こうまで思いっ切り声を張り上げる。


「リューリッッッ!アンタの!アンタの一番得意なヤツ!に!!」

ブラシで目標を指す。

「ぶつけろ!!!ラインは見てあげる!好きに投げて!!!」


リューリは一瞬、ほんの一瞬キョトン、として。

そして、左手に持ったブラシを天井に向けて真っ直ぐ掲げた。


その瞬間、リューリの黒髪にも金髪にも見える長い長い髪は翼のように金色に輝きながら広がる。

その姿は革命を導く乙女のように凛々しく、言葉以上にアタシ達に勇気を与えてくれた。

悔しいくらい絵になるヤツだよ、アンタは。


言葉を発しなくても、何故か分かる。

アイツはきっと。

「任せなさい」

…そう言った。

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