第三章 その3 野山乃花『値札のついたキャスケットと花火と失った右腕と。』

旧軽井沢で黒崎達と別れ、今度はアウトレットへ向かう。

これも伊勢原先輩の希望で皆で遊びたいのだそうだ。


…確かに軽井沢ここで遊べる場所なんて他には無いか。

もちろん私は絶対に近付かない場所だ。


「ゲーセンいこっ!ゲーセン!」

「お前、はしゃぎすぎ」 

「もんじぃはノリ悪すぎ。いいよ、玲二、遊ぼーぜぃ」

「いや、真紀ちゃん、もんじぃはこれで喜んでるね」 

「ハナっち、勝負だよ!?」


ゲームセンターで先輩達と遊ぶ。

はしゃぐ伊勢原先輩、意外と楽しそうな長門先輩、二人に振り回される、山城先輩。

私の日常はいつからこんなに賑やかになったのだろう?


でも。

悪い気分では、ない。


「あ〜遊んだ!遊んだ!」

伊勢原先輩は終始子供のようにはしゃぎ、そして今もスキップしそうな程に浮かれている。

ゲームセンターを出ると辺りは暗くなっていた。

火照った顔に冷気が心地良い。

夜空は相変わらず澄んでいて、星の輝き一つ一つがくっきりと見える。 

冬の夜空は、好きだな。


「そう言えば、もんじぃ達、ハナっちにプレゼントあげたいんだってよ」

突然、物凄くわざとらしく伊勢原先輩が話し出す。

山城先輩と長門先輩は顔を見合わせ。

「野山さん、いや、野山コーチ。これは僕達四人からこの間のお礼」

山城先輩が鞄から紙袋を取り出す。


この間の…?

私には何の事かピンとこない。


「関東エリアトライアルだ。今更だが、コーチをしてくれた事、礼を言う。私立学園の二人も今日は来たがっていたが。アイツらからもくれぐれも、と言われている」


そう言う事か。

年末の関東エリアトライアルで私は先輩達のコーチをした。

そう言えば私は全くのボランティアで。

でも結果として、一勝も出来なかった訳で。

お礼をもらう資格など、無いように思える。

しかし、もう買ってしまってある以上、受け取らない訳にもいかないか。


「お礼を言われる程働いてませんけどね。開けますよ」

ガサゴソと紙袋を開ける。

取り出してみると…黒いキャスケット。

値札が付いたままだが。

「4260円…結構高いの買いましたね」

「えっ!?もんじぃ、値札取ってもらわなかったの?」

「値札なんて、取るのか?」

「プレゼントなんだから、当たり前ッ!」

「…そう言うトコだよ!?もんじぃ」

「俺に買わせるお前らが全面的に、悪い」

また三人で罵り合う。


だが、それすらも微笑ましく感じてしまう。

「構いませんよ。その…ありがとうございます」

「ハナっちが照れた!カワイイ!!被せてあげるね?」

「真紀ちゃん、値札は取ろうね」

山城先輩が値札を取り、伊勢原先輩が頭に乗せてくれる。 

なるほど、暖かい。 

私は髪の毛をかす事もしないから良いかもしれない。


その時。


突然、夜空に色とりどりの火花が散る。

何度も、何度も。


花火だ。

冬のシーズンでも、この時期だけ打ち上がる。

冬の夜空に大輪の花が咲いては消えていく。


この花火一発が何百万円。

バカバカしいまでの浪費。

そうとしか思えなかったが…。


なるほど。

誰かと一緒なら。

…それも悪くないものだった。

「きれい…」

伊勢原先輩が呟く。

悔しいけど、その通りだった。


次々と打ち上がる花火。

その中で私は花火を見上げる人々を観察してしまう。

友達、恋人、親子…。

様々な人が、夜空を見上げている。


そんな中、一人駅に向かう人影が見えた。

皆が立ち止まっている中で、皆と違う動きはとても目立つ。


流れに逆らうように、キャリーケースを左手で引きながら軽井沢駅に颯爽さっそうと向かっていく二十代くらいの女性。

後ろにまとめただけの長い髪。

その右腕は遠目でも分かるほどに不自然にひらひらとはためいている。


その女性はほんの一瞬だけ、花火が打ち上がる夜空を見上げ、こちらを見た。


その独特のシルエットが、かつての恩師コーチの姿と重なる。


私を見て、寂しそうに笑う。

否、笑ったと思う。


だが、呼び止められる距離でもなく。


私から視線を外すと、今度は立ち止まらず、雑踏の中にその姿を消した。

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