第二章 その16 野山乃花 『本当に大切な瞬間はレンズ越しに見るべきではない。眼鏡は例外。OK?』

◇全日本高等学校カーリング選手権大会 関東中部エリアトライアル予選


第五エンド終盤。

点数は四ー二よん対にで先輩チームは二点のビハインド。


ハウス内の様子は…というと。

ナンバー1ワンを相手に取られ、悪い事にそのナンバー1ワンのストーンの後ろに先輩達のナンバー2ツーのストーン。

その手前に先輩達のストーンが二つ。

皮肉にも相手チームのナンバー1ワンストーンを自分達の三つのストーンが守る形になってしまっている。

そしてそのさらに手前に相手チームのストーン。



こちらはあとスキップの二投のみ。


そして、私の貧乏揺すりは最高潮に達している。

しかし残念だったな。

いくら私が揺れても、無い胸は揺れないのだよ。


今の私の心情と眼鏡の状態を表すのであれば。

「曇りのち晴れ間が見えるが、悲しいかな結局のところ曇りのち土砂降り。私の人生なんてそんなもん、所により地震、雷、火事、むふ〜っを伴うでしょう」という荒れ模様。


隣で伊勢原先輩が何か言いたげだが、今の私には話をする余裕など、無い。


後、二手。

二手で二点取らなければ。


本大会では一分間のタイムアウトを一回のみ取ることが出来る。

タイムアウトを取るなら今しか、ない。

幸い、奇数エンドは選手達がコーチ席付近にいる。

私は“タイムアウト取れオーラ”を全身から立ち上らせる。

「むふ~っ」

最大限眼鏡が曇る。

マンガ的表現であれば私の背後には「スゴゴゴゴゴゴ…」もしくは「むふ〜っ」という訳の分からない効果音が描かれているであろう。


すると先輩達が恐る恐るこちらを振り向く。

願いが通じたか。むふ〜っが通じたか。

しかし…なんで全員顔が引きつっている?


そして一斉に全員が右手と左手でタイムアウトを表す「T」の字を作る。


…いや、全員でやる必要ないんだが。

ちょっと面白いぞ。


私はコーチ席から立ちあがると階段に向かって駆け出す…が、階段を降りるのが面倒で目の前の手すりに手を掛けるとヒラリと飛び越え着地。


あ、意外と高かった。

…足がじ~んとなる。

思ったより痛いじゃないか。

が…痛くない振りをしてギクシャクと先輩達に駆け寄る。


全員でハウス内へ。

時間は一分間。

…考えろ。

具体的な策を。

前のガードからは飛ばせない。

飛ばしてもハウス内の自分達のストーンが割れるだけだ。


ふ、と。

私の視界に長門先輩の一投目、ミスショットになったストーンが映る。

ブラシで角度を測る。

ヒット&ロールヒットロールで行けるか…? 

…時間が、無い。

「…ここへ」

私はブラシを置いたまま先輩達に話し掛ける。

「少しでも角度がズレてはダメです」

カーリングに捨て石なんてものはない、か。

…我ながら名言であるな。


時間切れ。

私はシートを後にする。

後ろ髪引かれる思いとはこの事か。

…私に引かれる後ろ髪などありはしないが。


スキップの最上先輩がデリバリーに入る。

投げた石シューターはハウス手前のストーンに当たり、ナンバー1ワンのストーンに向かう…。


私が“失敗しても絶対ずぇっっったいにため息はつかない”と決めた瞬間と、ストーンが当たった瞬間はどちらが先だっただろう?


先輩の。

先輩の投げた石シューターは角度が僅かにずれ、ナンバー1ワンの後ろ、自分達のナンバー2ツーにフリーズする。


「あっ」と声が漏れそうになるのを奥歯をギリギリと噛み締めて耐える。


ガッチリと相手のナンバー1ワンを囲ってしまった。

最早、テイクアウトも回り込むショットカムアラウンドも、出来るスペースは、ない。


伊勢原先輩がシャッターを切る。


「伊勢原先輩。すみませんが私と一緒に、先輩達の姿をその目に焼き付けてもらえませんか」

なんという残酷なスポーツか。

「本当に大切な瞬間は。カメラのレンズ越しではなく直接見てもらいたいんです」

伊勢原先輩がカメラを下ろす。


このエンド、相手チームが一点スチールする。

第五エンドが終わって五ーニご対に

そのまま、第六エンド、相手チームが一点スチール。

終わってみれば六ーニろく対に


「伊勢原先輩。知っていますか?勝利したチームが観客に挨拶をしている隣。静かに一礼をしてカーリングホールを出ていく負けたチームの後ろ姿。私はここで何度も見ました。…私自身もそうでした。勝利チームの邪魔にならないよう、静かに去って行きます。私と一緒に負けたチームを覚えておいて下さい」


先輩達の大会が終わった。

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