第四章 その4 機屋リューリ 『芸術点など無いこの競技で美を競う。』

受付から真っ直ぐに伸びる廊下。

その先にあるガラスの扉。

カーリングホールの温度を上げない為に設置された二重の扉を抜け、清潔感溢れる氷の世界へ。

ホールに入ると私は目の前のアイスに一礼する。

それはもう何度となく繰り返されてきた、私の儀式。

そのように礼儀正しく…誰よりも…日本人よりも…日本人らしく…を、繰り返す。

例え瞳の色が違っても。

見る角度で髪の毛の色が金色になっても。

私は、パパと同じ日本人だわ。


高校生になったからと言って、私のカーリング環境が劇的に変わるかと言うとそうでもない。

この町にカーリング場は一つしかないのだから当然だが。

だから私はいつものように冷たい凛とした空気を吸い込み…。

ふっ…と吐き出す。


これもデリバリー前の私の儀式。


私がデリバリーの動作に入り、腰を引いた瞬間、男子の視線を感じる。

どうせ私のお尻でも見ているのだろう。


集中。


今日の氷の機嫌は?


誰も使っていなかったから、飽きているわね。

滑らない。

いいわ。

私が遊んであげる。


ストーンが先行、左足を身体の中心へ入れる、右足を蹴り出す…。

これを一秒に満たない間で行う。

ハックを蹴ってから数メートル先のホグラインまでおよそ三.七秒。

アイスの状態が普通ならそれが反対側のハウス中心で止まるショット。

いわゆる、ドローウェイト。


これがコンマ一秒ずれただけでストーンの止まる位置は全く異なる。

コンマ三秒程のズレは致命的。

そんな一瞬を蹴り出す足の感覚だけで調整するのだから、無茶と言えば無茶なスポーツよね。


スポーツをやっている人間は誰しも独自の美学を持っている。

そして氷の上で行うスポーツは特にそれが強い…と、私は考えている。

とにかく、美しくないのはダメだわ。

カーリングには芸術点はない。

どんなに格好悪くてもハウスの中心にストーンを止めれば良い。

でも、このスポーツにおいても誰もが美しくあろうとする。

まるでそうする事が強さに繋がるかのように。


私は足音一つ立てない豹のように。

しなやかに。

ストーンをデリバリーする――――。


ストーンをリリースすると予想通りストーンの動きが悪い。

氷の粒べブル一つ一つが…動かない。


こういうはとんでもなく速いウェイトで目を覚まさせてやりたくなる。

そりゃあもう、ドカンと。


氷との対話?

関係ないわ。

私の望む場所へ、私のストーンを運びなさい。

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