第2話 俺と路地裏
「……坊主、年齢は?」
「じゅーなな」
「この国じゃ酒は十八からだっての! 出てけバカやろー!」
当然だが、酒屋を追い出された。ヤケ酒とかいうやつをしてみたくなったんだが、やっぱりダメだったか。普段は法律もきちんと守るいい子ちゃんな俺だが、今回ばかりはいてもたってもいられなくなったのだ。
ふっ……いいさ、気にしない。身体は未成年だが心はすでに立派な紳士、ジェントルだもの。
「ぃ~~」
とりあえず、パンドラの箱とその中身を今日借りていた宿屋の部屋に置き、今俺は街中をブラブラと歩き回っている。歩き回っている理由は特にない。今のこのブルーな気分を晴らすにはこれが一番だと本能が告げたからこうしているだけだ。
「ぃ~~~……い?」
声にならない声を発しながら歩いていると、自分がどこかの裏路地に入ってしまっていたことに気がついた。こういう場所には意地の悪いゴロツキがよく居るととーちゃんから聞いたことがある。
とはいえビビる必要はない。この散歩のために財布などの貴重品は、全部宝箱と一緒に置いてきたのだ。なんて紳士で慎重派な俺。ゆえに盗まれて困るものも何もないし、特に問題はない。
この路地裏はそのまま通り過ぎてしまおうと再び歩き出そうとした。しかしその一歩を踏み出すと同時に、前方から下品な声が聞こえてきたのだった。
「おいおい、見てみろよ。へっへっへ」
「こんな綺麗な顔して裏路地で無防備にしてるだなんて、襲ってくれって言ってるようなもんじゃねぇか!」
「ひぃ! 俺にそっちの気はないんですぅ!」
しまった、俺には財布や貴重品以外にもこの顔という美しい宝があったんだった。妹たちが『お兄ちゃんかっこいい!』というほどの。無論自分でもそう思っている。こんなところで男として大事なものを散らすのは嫌だ、嫌すぎる。まさか本当に悪人たちに遭遇してしまうとは……。
「この女、身体もいい具合なんじゃないか……?」
「お、ほんとだ。どうせ身ぐるみも剥ぐんだしさっさと……」
ん? 女……ああ、女!
俺は女の子ではないからな、暗くて良く見えないが前方にいるであろう男達は俺のことを言っている訳ではなかったようだ。ふー、良かった。
……いや、良くない。つまりそこに悪い輩に絡まれている女の子がいるってことだろ? ど、どどど、どうしよう。やべーぞ、一大事だ! よくないことが近くで起ころうとしている!
ふぅ、落ち着け俺。一旦落ち着くんだ。声からして男は二人。そして俺のステータスでは絶対に男二人なんかに勝つことはできない。なにしろステータスカードを作った直後より弱くなっているからだ。となると、選択肢はひとつしかない。
「へっへっへ、じゃあまずは……」
「おい、お前らそこで何をやっている?」
「あぁん? なんだテメェ」
「見てわかんないのか、いま良いところなんだよ!」
俺に女の子を見捨てて逃げるという選択肢は最初からない。そんなことしたらとーちゃんに殺されるし、いつか自分を殺したくなるし、ジェントルの道から大幅に外れることになる。つまりここは一つホラを吹いて解決しようというわけだ。
姿が見える位置まで来たが、男たちのガタイはかなりいいようだ。俺のとーちゃんほどではないが。それでも俺の首を鷲掴みにすればそのまま握り潰すことすらできてしまいそうではある。だが怯んだらいけない。
男たちがこれからイケナイことをしようとしているのは、赤髪のこれまた超可愛い少女だった。こんな美しいレディにあれやこれやしようとしていたとは、非常にむかっ腹がたつ。万死に値するだろう。
「ふん、そんな口を聞いていいのか?」
「なにぃ……?」
「この腕の飾りを見ろ。わかるだろ? そうだ。冒険者ギルド『リブラの天秤』の紋章だ」
これは契約寸前に受付の美人お姉さんからもらったものだ。あのまま契約が成功していれば俺はこれを普段から身につけて仕事に勤しむことになっていただろう。ちょっとまだ未練があるから、今日一日はつけておこうと思っていたんだ。外さないでおいてよかった。
「あ、ああ……」
「そして俺は超期待の新星と謳われている。先ほどもあのギルドのSランクパーティの者全員に平謝りさせてきたところだ」
「な、なにぃ⁉︎ Sランクパーティを謝らせただぁ?」
「ああ、アストロイアと言ったかな? 死ぬほど詫びを入れられたよ。これも俺が強いからだ。そして俺は正義感も強くてな。……わかるだろう? そんな俺の前でお前らは悪行を働くのか?」
俺は二人のおっさんをじっと睨むように見つめた。明らかにドキマギしている。そうだ、そのまま退散するがいい。ていうか退散して下さいお願いします。
「な、なんか関わったらやばそうだぜ、いろんな意味で」
「あ、ああ。本当だったらやばいしな……い、行くか」
「ふっ……まあ、未遂なら今回はおおめに見てやる」
男共は去っていった。
……あー、こわかった! こわかった‼︎ すごっくこわかった! もう足がガタガタだもんね。手も震えてるし。何事もなく済んで本当に良かった。さて、麗しき少女はどのような容態だろうか。
どうやら、俺が来たタイミングが本当に良かったのか、服も乱れてなければ持ち物も奪われたようには見えない。
そして先程は男達が影になって確認できなかったが、この女の子にはドラゴンらしき頭部の特徴あり尾も生えているのがわかった。世にも珍しき竜族の人間のようだ。
「う……ぅ……」
竜族の美少女は目を瞑ったままで目覚める気配がない。試しに両肩を掴んで揺さぶってみたが効果はなかった。仕方がない。こんな場所で放っておくわけにもいかないし、移動させよう。
俺は彼女の体勢を正してやってから、紳士らしく丁寧に背中に乗せ……こ、この柔らかい感覚はッ……! お、おおお、お、おおおおおおっ、おっおっぱ……お! 落ち着け、俺の中の誇るべき紳士よ。
なに、幾年か成長した妹達を背負ってやっていると思えばいいのだ。妹を背負うのは慣れているはずだ。心を無に。感覚的にいえばムニッと……違う、いけない。しっかりと心を、無にするんだ。
俺はそのまま自分の呪われたステータスのことを考えて背中の感覚から気を逸らし、心を殺しながら、明るい場所まで出て公共の場所に置いてある長椅子に彼女を横たわらせた。一度見てしまった面倒。仕方がないので目が覚めるまで俺は付き添うことにする。
それにしても、もう降ろしたのに背中からふわふわな感覚が消えない。くっ……一体今日はいい日なのか悪い日なのか! いや、冷静に考えたらこの出来事を足してもいい日には決してならないよな? ……はぁあ。
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