第30話 俺の救助活動

「んふふー、満足したぁ!」

「ああ……良かったな!」



 食べてるだけで強くなったからか、ロナはかなりご機嫌なご様子だ。

 ちなみにかかった代金は八万ベル、そして魚介レストランの店長から次来る時は二日前から予約して欲しいと念を押されてしまったぜ。まあ、入店拒否のブラックリスト入りにならなかっただけマシだろうな。



「んー?」

「どうしたんだロナ」



 ロナは急に立ち止まると、あたりをキョロキョロと探りを入れるように見回し始めた。



「実は店の中に居た時から視線を感じてて」

「ロナが可愛いから注目を集めてるんだぜ、きっと」

「も……! もう、また! そんな褒めたって何も出ないよ……?」



 だが実際にそうだろう。竜族という珍しい種族の、これだけの美少女が、店の中でおそらく三十人前くらいの料理を食べきったとなれば話題になるに決まっている。

 

 なんならロナは周りの視線に気がつくのが遅いくらいだ。退店する時なんて店の客のほぼ全員が俺たちのことを見ていたからな。

 あ、いや。女性陣は俺のダンディ・イケメン・フェイスに見惚れていたんだろう。うんうん。


 とはいえ、もし万が一ストーカーが居たりしても、この俺という紳士が彼女には付いている。おいそれと手出しはできないはずだ。



「……スンスン」

「今度はなんだ」



 ロナは立ち止まったまま、今度は目を瞑って鼻を鳴らし始める。まるで犬族のような動作だ。

 


「とても甘くて良い匂いがするの。……これは食べ物の屋台だね! 行ってもいいかな?」

「……まだ腹に入るのか?」

「スイーツは別腹って誰かから聞いたよ。多分私にもその別腹があるはず……! 今日もあの黄色い屋根のお店だよね? 先に行ってて!」

「お、おお」



 結局、そう言ってロナはどこかに駆けていった。まあ、子供じゃないし、目を離しても大丈夫だろうか? 


 ただロナが食い意地貼ると路地裏すら入り込むっていう……いや、そもそもロナは一般人より遥かに強くなったしな、心配しすぎて彼女の行動を制限してしまうのは得策じゃないだろう。


 俺はロナに言われた通り、先に黄色い屋根のお店まで行くことにした……が。



「……!」



 先程のロナ同様、俺も急に足を止めてしまった。そしてその場で目や鼻でなく、耳を澄ました。

 聞こえる……聞こえるんだ。ほんの微かに。どこかでレディの泣く声が。どこかで婦人の叫ぶ声が。聞こえる……このジェントルイヤーには聞こえる……!


 さっそくその聞こえる声を頼りに進んでいくと、そこには少しの人だかりができている場所があった。その人々の大半がひどく心配そうな表情を浮かべ頭上を眺めている。


 俺も合わせて上を見あげると、そこには三階建ての建物の屋根の隅に腕だけで必死にしがみついている、今にも落下しそうな危機的状況の犬族の少女が居た。


 その犬族の少女に向かって届かない手を伸ばしている婦人が一人。彼女も同じ種類の犬族であり、おそらく母親であろうということは安易に理解できた。この二人がジェントルセンサーに反応したってわけか。



「メポル! ああ、メポル!」

「ママ……! ママぁ!」

「ああ、誰か、誰かうちの娘を……!」

「たす……たすけ……」



 ……こいつはいけない。あのか細い腕はもう限界が来ていそうだ、あと数秒しかない前提で考えろ。俺という紳士ならやれる……はず。いや、あの少女は、紳士としてなんとしてでも助け出さなければならない。絶対にだ。


 まず『ソーサ』の力を使うのは確実だ。となれば浮かせられて乗れそうなものを探そう。

 樽や木箱は……クソ、近くにない。ならばあの子の服を浮かせて間接的に身体を持ち上げるか? いや、悪くはないが不安定すぎる。今試すべきではない。


 ならば俺の持ってるもので何か、頑丈で乗れそうなものは……ああ、あるじゃないか。手に入れたばかりのものが。


 俺は背中にくくりつけていた巨大化する盾『バイルド』を空中に放り投げた。そして操作して浮かし、持ち手の方を空に向け、四倍ほどに膨らませる。


 良い足場になった、いけそうだ。俺はスピーディに『バイルド』を、少女の宙ぶらりんになってる足元にあてがった。



「犬族のお嬢さん。俺は通りすがりの操作魔法が得意な魔法使いだ。安心してくれ、華麗に助けてみせるぜ」

「わ……わふ!」

「あ、ああ……! メポルっ!」

「その巨大化した円盤に乗っかってくれれば安全に降ろせる。怖がらないで、そう……怖がらなくていい。脚をゆっくり、そう、そうだ……」



 少女は円の盤となった逆さの盾の上に脚を乗せた。今朝、ダンジョンに入るときに丸太で似たような経験をしておいてよかったぜ。このまま操作して問題はないだろう。



「わふぅ……」

「良い子だ、偉いぞ。うん、そうだ。よし……乗っかったらその出っ張りに捕まって……そうそう、エクセレント。……じゃあ、今からおろすぜ」



 恐怖にて穏やかでない少女の心に更なる波風を立てぬよう、丁寧に丁寧に盾を下降させてゆく。そして飾りである円錐の出っ張りの先端が地面に当たったところで一旦動きを止めた。



「このままその円盤を少しづつ倒していくからな。頃合いを見て滑り降りるんだ。……ご婦人、お嬢さんを受け止める準備を」

「は、はいっ」


 

 盾を傾け、その傾斜を少女に降りさせる。その先で母親が彼女キャッチして……よし。これで紳士的に、クレバーに、一件落着ってわけだ。



「ママぁ……! こわかったぁ」

「メポル、ああメポル! ありがとうございます、ありがとうございます! ああ、本当に……!」

「なに、紳士として当然のことをしたまでですよ」



 なんてな。今の自分、最高にジェントルなんじゃないだろうか。また一つ紳士さに磨きがかかったな。


 まあ、それはいいとして。どうして犬族の少女はあんな屋根の隅にぶら下がることになったのだろうか。この建物の構造上、梯子なしでは屋根の上に登ることなんてできそうにないが。訊けば早いか。



「ところで、なぜお嬢さんはあんなところに?」

「そ、それが私にもメポルにもよくわからなくて……」

「わふ。あ、あのね、お兄さん……。私、気がついたらあんな場所に居たの、全然、何が何だかわかんないの……」

「私達、普通にこの道を歩いてただけなんです、それが突然」



 なんだそれは。都会だと子供が急に空にさらわれるみたいなこと普通にあるのか……? いや、普通じゃないから戸惑ってるんだよな。


 野次馬の中に一連の目撃者が居たようで、一人のレディが俺に一部始終を教えてくれた。

 母娘の言う通り、側から見ても何の前触れもなく瞬間的に少女が消え、この建物の屋根の上に現れたらしい。そして驚いた少女は足を滑らせ、あんな状況になったというわけだ。



「教授、感謝しますレディ。しかし、まるで訳がわからないな」

「助けを! 助けを呼んできましたよ‼︎」

「……お?」



 人だかりより後方から、一人の山羊族の男性が大声を上げながら、フードを被った一人の女性と一緒にこちらに駆けてくるのが見えた。

 やがてここまで辿り着いた男性は、女性と一緒に人だかりの中をかき分けて進みながら、希望に満ちた声でその場にいる全員に語りかける。



「この方なら大丈夫です、絶対、安全に助けてくれます! ……って、あれ? 女の子は……?」

「それならたった今、そこの帽子を被った方が救助なさいましたよ」

「え? なんだ。そうですか!」



 おそらく、彼は冒険者か何かを呼んで来ていたのだろう。冒険者ならちゃんとした重力魔法や操作魔法を扱える人物や、身体能力を駆使して屋根によじ登り直接救助できる人物が居るはず。俺が先に助けたから無駄にしてしまったが、適切な判断だ。



「すいません、お二人とも、うちの娘のために……!」

「いやいや、良かったですよ、それなら。……しかし、すいませんメェ。お忙しいところお呼びしてしまって」



 母親のお礼を受けてから、細目の山羊族の男性は連れてきた女性に謝った。フードを深く被った当の冒険者のレディは、それに対して軽く首を振る。

 一瞬チラリと見えた顔の輪郭により、相当な美人であることは簡単に予想がついた。美人で、人助けも惜しまないレディ……実に素晴らしい。

 


「女の子助かったなら、いい。緊急事態、謝ることはない。……ん? まって」



 彼女は山羊族の男性と犬族の母子にそう優しく語りかけた後、何故か首をかしげながら、スタスタと歩みを進めた。そして他の誰でもない俺の目の前で立ち止まったのだった。



「……おっと、この紳士に御用事かな? レディ」

「……うん、アナタ。帽子とって、顔を見せて」

「オーケー。仰せのままに」



 なんだかよくわからないが、レディのご希望に沿うのが紳士というもの。俺は帽子を取った。そして彼女は軽く頷いた。



「……やっぱり」



 それだけ呟くと、彼女はローブに付いてるフードを後ろへよけた。

 現れたそのフェイスは予想通り美しい造形をしていた。それも当然といえば当然、なにせ尖った耳のついてるエルフ族なのだから。


 ……そして俺はこの美麗なエルフのレディに対し、非常に見覚えがあった。いや、俺だけじゃない。この場に居た全員がおそらく知っているであろう反応を見せている。



「山羊族の人……あ、アナタ、まさかこの人連れてきたの……?」

「とんでもない方を……」

「そうだメェ、Sランクのヒトなら確実ですし……緊急事態ですし……。事情を話したらすんなりと」

「とはいえ流石に予想してなかったぜ、『ヘレストロイア』の魔法使い様が来てくれるなんてなぁ」



 俺との間にハプニングを起こしてしまったSランクパーティ『ヘレストロイア』の、その一人。


 たしかにここはあのギルド『リブラの天秤』からそこそこ近い場所だが、まさかあれから三日と経たずにあの中の一人と、こんな形で再会することになるとは。流石に俺というクレバーな紳士でも予想はできなかったぜ。










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