第11話 俺の捨て身
「ぐッ……うおおおおお!」
風の塊と俺がぶつかるギリギリで俺は体を横に逸らし、腹を引っ込めてなんとか回避する。いや、完全には回避しきれず腹に一文字の傷ができる。
「ざ、ザン⁉︎」
「俺のことは絶対に気にするな!」
俺は走る。なんとか風の塊から体をそらしながら。完全な回避は無理だ。次々と皮膚が裂かれている、身体中から傷が滲み出てくる。
……だが、それがどうした⁉︎ 俺にとっては女の子、もといロナに傷がつく方が心が痛む。俺の肉が裂かれる以上に! それと比べたらこのくらいなんともない。
「え、あ……」
「ぉおおおおおお!」
ついにロナを走って抜かした。俺の方が彼女より前に出る。それと同時に、俺の肩がもろに風の矢に貫かれた。
「ぐっ……」
これは俺のプライドの問題だ。はっきり言って、はたから見たら馬鹿げた悪手な作戦であることは分かっている。ロナに任せた方が明らかに被害は少なくて済むのだから。
だが! この肩の傷も、彼女の顔についてしまった傷に比べれば俺の価値観の中じゃとても軽いもの! つまり俺にとってこれは最善の作戦! 止まるわけにはいかない。
「ね、ねぇザン! ザン⁉︎」
「とにかくだ! ロナはあいつに一撃くらわさることを考えてくれ!」
今度は俺の首あたりに目掛けて風の弾が飛んでくる。うまく体をそらしても首から出血しそうだ。
流石にそうなったらアウトなため、俺はそれを即座に座り込んでやり過ごす。そして、その時足元にあった大きめの石を一つつかんだ。
次の下方向に飛ばされてきた風の横刃を跳んでかわし、それと同時に掴んだ石を骸骨に向かっておもいきり投げつける。
そして骸骨はそれを、回避するまでもないかのように、鼻で笑うような仕草を見せながらわざと受けた。石は鼻の両穴の間に当たる。
……いくら俺が血だらけだからって舐めすぎだ。あくまで、俺と骸骨は互角。互角なのだ。……もし、俺が骨だけ
「 ──── ⁉︎」
「バカめ‼︎」
骸骨は大きく体をのけぞらせ明らかに怯んだ。その間に俺は一気に距離を詰める。そして、ついに手の届くところまで来た。
肩を掴んで拘束しようと試みるも、かなり早く怯みから回復した骸骨は剣を素早く振り下ろしてくる。狙うはおそらく腕。しかし構わない、腕の一本くらい。その隙に……。
「無茶しすぎだよっ⁉︎」
覚悟を決めた瞬間、緑色の刃が古びた鉄の剣によって止められた。ロナも骸骨の前にたどり着いたようだ。ちょっとホッとした。
「ふっ、ナイスだ……」
「ナイスだ、じゃないよぉ⁉︎」
俺は即座に骸骨の後ろに回り込み、脇から腕を通して羽交い締めの状態へ持っていく。こいつは骨だけで、俺には肉がある。
俺と同じステータスにしても、最初のスカルクロウとかいうキショイ鳥が普通に飛べていたように、生物としての身体的特徴も『互角』にしても変わらない。故に、こうして押さえ込むのも簡単に成功する。
「さぁ、ロナ! 今だ!」
「うん! はああああああ!」
ロナは鉄の剣を使わずに、身動きが取れない骸骨に向かってハイキックをした。勢いよく蹴られた緑色の頭蓋骨は、ゴキッという心地よい音を鳴らしながら首の骨から分離。夜風の
……ロナがドロワを履いてくれていてよかった。普通のパンツだったら今この傷だらけの全身より鼻から血が溢れていたことだろう。いやでもドロワでも十分……あー、考えるのをやめておこう、俺は紳士だ。
「やった……倒した……!」
「ふ、そうだな……」
俺は残った胴体から手を離した。骸骨はそのまま前に倒れていく、かと思いきや、なんと両膝をつくだけに留まった。
……どうなってるんだ? まあ、相手は魔物だしこういうこともあるだろ、気にするほどのことじゃない。
「と、とにかくザンはこれ飲んで! ほら!」
ロナは自分の鞄からポーションを一つ取り出した。たぶん鉄の剣や皮の装備のように故郷から準備して持ってきたものだろう。たしかにこれを飲めば肩に空いた穴以外は塞がるかもしれない。しかし、俺の傷なんかより優先すべきものがあるのだ。
「いや、それはロナが飲んでくれ。レディの顔に傷が残るのはよくない……」
「あのね! 私、竜族なんだよ? ノーマル族のザンと違ってこのくらいなら一晩経てば跡形もなく消えるの。それに同種族だったとしても傷が深いザンが普通は優先じゃないかな?」
おっと、種族差を全く考えてなかったぜ。同じ人間とはいえ種族で回復力とか体力とかそういうの全然違うんだった。となると、俺は何も憤慨して躍起になる必要もなく……マジで無意味なことをしたのか? い、いいや。そんなことはないはずだ。俺は俺の信念を貫き通したのだ。これは大切なことだ。
とはいえロナの傷は跡形もなく消えるものだと判明した時点で、もう意地をはる必要もない。このポーションは俺が飲もう。普通に痛いし、傷。
「じ、じゃあありがたく……」
栓を外して一気に中身を飲み干した。液体を飲み込んだ瞬間から細かな切り傷が次々と消えていっている。よく効くがクソ苦い。
「うぇっ……ありがとう」
「肩の傷は宝石を換金してから、ハイポーション買ってちゃんと治そうね」
「そうしよう。ところで、そろそろ出口と宝箱って出てないか?」
「いや……まだみたい」
最初のボスの部屋はもっと早く出てきたような気がしたんだが。まさか、まだこの部屋のボスを倒しきれてないんじゃ……?
「きゃっ……⁉︎」
ロナが小さな悲鳴をあげて下を向いた。その目線の先ではなんと、先ほど倒したはずの骸骨の首から下が、膝をついた状態から立ち上がろうと動き始めていたのだ。
「まさか、まだ生きて……」
「た、立ち上がった……」
首なし骸骨は何事もなかったかのようにすんなり立つと、俺とロナを無視して自分の飛んでいった帽子と頭を回収しにいった。そして頭を脇に抱え、帽子をそれにかぶせ、俺たちのもとに戻ってくる。
「今度こそザンは傷付けさせない……!」
ロナは慌てて剣を抜いて俺の前に立ち、骸骨に向ける。
しかし骸骨は戦うそぶりを見せず、持っていた黒い刀身と緑の刃を持つ剣を地面に突き刺し、加えてその鞘をロナの足元に転がした。
「えっ……? まさかくれるの?」
ロナが剣を引きつつそう尋ねると、緑の骸骨は頭を持っていない方の手を自分の胸部に当て、ぺこりと、貴族がするような紳士的で高貴なお辞儀をした。
「ありがとう……?」
骸骨はロナのお礼を聞くと、今度は俺のほうに向かってくる。そして俺には、頭蓋骨に被せていた金の羽根がついた中折れ帽を手に取り、優しく頭に乗せてきた。一瞬嫌がらせかと思ったが、そんなことはないようだ。
「俺にもくれるのか……!」
骸骨は静かに頷く。そして── 。
「ええ。でも最後に一つだけ言わせていただきたい。ワタシより確実に、貴方のあの戦い方のほうがバカですからね?」
「いや喋れんのかよ⁉︎」
いきなり喋ったかと思うと、骸骨はチリとなって消え去った。というかバカって言ったの根に持ってたのか。なんだったんだコイツ。
「た、たしかに魔物には喋るのもいるけど……。あ、それよりみて、宝箱だよ!」
ロナは光が溢れ始めた方向を指差した。もらった剣を地面から抜き、鞘に丁寧に納めつつその宝箱まで駆けていこうとする。だが、俺はすぐにその宝箱の色に気が付きロナを止めた。
「待った。行くな」
「な、なんで?」
「よく見ろ。あれはパンドラの箱だ」
「ん……? あ、ほんとだ!」
そう、忌々しく禍々しい黒色の宝箱。さっきとは違い、今度はきちんと『呪い呼びの呪い』の効果が働いてしまったようだ。
「俺が開ける。俺にもう呪いは効かないからな」
「うん、任せたよ……」
「開けた人以外にも巻き添え食うかどうかは知らないから、その場から動かないように」
「わかった」
俺一人で呪いの箱まで近づく。そして躊躇うことなく一気にそれを開けた。前のようにまた俺の体に煙がまとわりつき、眼孔、耳の穴、鼻の穴、爪の間、ケツ……ありとあらゆる場所から入り込んでくる。
ただ、どうやらロナの方向には少しも行っていないようだ。よかった、たしかにそれはよかったが……ケツから入るのはどうにかしてくれないか。カッコ悪いんだ。
<称号獲得:称号【呪いの限界】の効果により無効化。四件>
<能力獲得:『呪い無効』>
今更呪い無効なんて手に入れても意味がないと思うのだが、まあ、貰えるものはありがたく貰っておこう。
「ふぅ」
「だ、大丈夫なの……?」
「ああ、問題ない」
「本当に? ならいいけど……。じゃあ宝箱の中身だけ持ち帰って、私が貰った剣とその帽子と中身の鑑定はやるべきことが全部済んでからにしよ。肩の傷、早く治さなきゃ!」
「そうだな」
宝箱の中身は『能力の札』らしきものが一枚と、指輪が一つ、中に何か入っているように見えるガラス玉一つがあるようだった。それらを鞄に仕舞い込み、俺とロナはダンジョンから脱出した。
<称号獲得:【ジャイアントキリング】>
<称号獲得:【攻略者】>
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