第12話 俺達と商人

 俺とロナは街へ戻ってきた。ボロボロの状態で戻ってくる冒険者なんてたくさん居るため、風の弾であちこち裂かれまくった俺の格好が周囲から変な目で見られることはない。


 血が滲んでくる俺の肩を心配そうな顔で見ながら、ロナは尋ねてくる。



「どこのお店で宝石を売ろっか?」

「実はもう決めてあるんだ」

「そうなんだ」



 俺とロナは昨日泊まった宿屋の近くにある黄色い屋根が目立つ商店へたどり着いた。ここはポーションやランタンと言った冒険用品の販売や、物品の買い取り、質屋までやっている冒険者ウケを狙った店。実は俺が呪い塗れになる前から目をつけていた。



「かわいい屋根のお店だね!」

「経営してんのはおっさんだがな」



 木製の戸を開き、中に入る。カランコロンと鈴の良い音色がした。店内は小さな陳列棚とカウンターが備え付けられており、そのカウンターの先におっさんが一人いるだけの小規模な作りになっていた。質による金貸しがメインだからこの程度でいいらしい。



「お待ちしておりましたザン・コホーテさん。おや、肩……大丈夫ですか?」

「ああ、まあ、痛むけど問題ない。あとでハイポーションを売ってほしい。それより予約しておいた話なんだが」

「はい、準備はできております。どうぞこちらへ」



 俺はカウンター前にある丸椅子に座った。ロナは俺たちの会話が何か気になったのか、小首を傾げている。



「ねぇ、予約って?」

「実は朝早く起きて、この店主に事前に高い品物を売りに来るかもって言っておいたんだよ」

「そうだったんだ! 準備しておいてくれてありがと!」

「まあな、俺はできる男だからな!」



 くっ、さりげないお礼の一言が心に染みる。やっぱりロナは可愛い。そしてさらにロナが肩が痛んで自由に動かせない俺の代わりに、緑色の宝石を六つ全て鞄から取り出し、店長に差し出してくれた。


 店長はそれを用意していた御盆の上に乗せ丁寧に受け取り、一つ一つ、白い手袋をした手で持ち上げながらその場で鑑定していく。さすがの手際と言うべきか、たったの三分ほどで鑑定と査定は終了した。



「これらは全てダンジョン産の緑宝玉ですな。手に入れたばかりでしょうか? 傷なし、汚れなし。質は良しですね。一つ平均百二十五万ベル、六つで七百五十万ベルとなりますが、よろしいですか?」

「な、ななひゃく……⁉︎」

「それで頼む」



 すごいな、いきなり金持ちじゃないか。思えば最初の銀の宝箱からこうして気兼ねなく売却できる宝石が多めに出たのは、売却するか迷う強そうなアイテムが出るよりも、今の俺たちにとっては好都合だったといえる。これでしばらくは問題なく暮らしていけそうだ。


 店長は緑宝玉をもってカウンターの奥に引っ込むと、すぐに大量の大金貨をもって戻ってきた。大金貨は一枚十万ベル。つまりそれが七十五枚だ。十枚に紐で括ってあるものが七組とバラで五枚といったように渡された。きちんと枚数を確かめやすいようにしてくれている。



「では、大金貨七十五枚。確かにお渡ししました」

「ザン、私こんな大金一気に見るのはじめて!」

「俺もだ。しかも俺たちが自分の力で稼いだ金だしな」

「うんうん!」



 ロナはえらくはしゃいでいる。……あ、いま一瞬ヨダレっぽいのすすったからこれでなに食べようか考えてるな? だが食事はまだだ。俺は一枚だけ大金貨を掴み、ロナに渡した。



「ロナ、悪いがその金を使って昨日の宿で二人分の部屋を取っておいてくれないか? 俺はまだ店長と話があるからな。肩の傷のこととか」

「うん、わかった。行ってくるね」



 ロナは大金貨を握ると一人で店から出て行った。これでおっさんと俺の二人っきりになる。本心はこんな密室、ロナと二人きりがいいんだが……金のことだからやむを得まい。



「……はい、先ずはハイポーションです。金貨と一緒にさっき在庫から持ってきました」

「助かる、ありがとう」



 俺は店長が差し出してくれたハイポーションを飲み干す。


 ……うぇ、やっぱりまずい。色は青で鮮やかなのにどうしてこの薬はこうもまずいのか。ただやっぱり効果は絶大。俺の抉れていた肩は完全に元に戻り、痛みも引いていった。



「それで、借りてた金とその利子と今のハイポーションでいくらになる?」

「お貸しした金額が十一万と五千ベル、利子が二十四時間以内の返却なので五千ベル、ハイポーションは二十万ベル。しめて三十二万ベルちょうだい致します」

「それじゃあこれで十分だな」



 俺は積み上げられた大金貨の中から四枚を店長に渡す。店長はすぐさま八万ベル分、金貨八枚の釣りと、担保として預けていた俺の荷物全てを持ってきてくれた。


 実は昨日の夜、寝付けなかったことを利用してロナが寝ている間にこの店で金を借りていた。無一文の俺たちが荷物をどこに預けるか考えた結果、俺は質屋に自分の荷物を預けるということを思いついたのだ。


 しかし、ロナの荷物を勝手に質に入れる訳にはいかないので、そっちはまだ俺一人で宿泊していた時に聞かされていた、宿屋の有料預かりサービスを使うことにした。先払い制だったので夜の間にロナの分の料金を借りた金で支払って、預けることを事前に予約。


 そして今日の朝、『俺の荷物はすでに宿屋に預けている。その分の料金でロナの分も預かってくれる』と嘘をついて、ロナにはきちんとした形で荷物を預けさせたと言う訳だ。


 このようにちょっと大掛かりな嘘をつかなければ彼女はまた俺に対して恩を感じてしまい、気にしだしただろう。気持ちの面でもあの子に負担をかけさせる訳にはいかないのさ。なんだって俺は、クールな紳士だからな。


 ……ま、さすがに俺にとっても自由に使いたい金じゃないから朝ごはんという贅沢をさせられなかったのは心残りだが。ちなみに借りられた十万ベルのうち、九万ベルはあの忌々しいパンドラの箱本体の金額だ。



「またのご利用をお待ちしております」

「ああ、機会があれば頼むぜ」

「彼女さんにもよろしくと伝えておいてください。冒険者に対して長く商売しているからわかる。あの子は化けますぞ」



 要するにロナからは金の匂いがするというわけだろう。そもそも竜族の時点でかなりの活躍をするであろうことは簡単に予想できているはずだ。……ただ。



「かもな。だが一つ訂正がある、彼女は俺のガールフレンドじゃない。それに付き合いも今日か明日で終わりにするつもりだ」

「おや、短期間のチームか何かでしたか。申し訳ない、これは早とちりを」

「いや、いいんだ。気にしないでくれ」



 あんなに可愛いロナが彼女になったら……いや、考えるのはよしておこう。俺はロナに手を出さない。紳士だからだ。美少女とこんなにお近づきになれただけでも十分じゃないか。


 ロナはもう【究極大器晩成】があるとはいえ、レベルがかなり上がって俺抜きでもそこそこ戦えるようになったはず。資金も用意できた。宝具らしき剣だって手に入れた。


 つまり、既に俺は彼女には必要ない。一人でやっていけるんだ、こんな呪われきった俺とつるむ必要はないんだ。邪魔にならないうちにさっさと身を引くのさ。クールに、紳士的にな。










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