第10話 俺達と隠し部屋

 紫色の光に飛び込んだ先で俺が見たのは、洞窟の中とは全く違う空間だった。



「なんだここは……」



 外だ。とにかく外。空がしっかりとある。夜のようで、いくつもの星々と月明かりで辺りが美しく照らされている。


 素朴だが幻想的だ。地面は丘か原っぱか、低めの草が茂っており、ここでトマトでも栽培したくなるようないい土の質をしている。



「わぁ! 星が綺麗!」



 ロナも来た。月と星々を見て目を輝かせている。その瞬間、健やかな風が吹いた。心地よく感じる夜風。揺れる草花。夜中、寝る前に散歩でもしている……それに近い気分になっただろう。アイツが居なければ。



「あれが……真のボスだね」

「どう見てもそうだな」



 月光に照らされながらそいつは夜風と共に現れた。


 金色の羽根を一枚刺した黒い生地に白い帯の中折れ帽。


 貴族のような服と緑のスカーフ。


 先ほど手に入れた宝石と同じような鮮やかな緑の頭蓋骨。


 その頭蓋骨と同じ色の刃をもつ、黒を基調とした平たい長剣。



「あの魔物はどんなのか知ってるか?」

「ううん。ダンジョンってそこでしか出ない魔物の出現が多々あるらしいから、その類だと思う」

「そうか」



 夜風に吹かれている緑の骸骨は、持っている剣を月に向かってかざした。揺れる衣服や帽子の羽が様になっていて、俺と同じくらい紳士的でクールだ。はっきり言ってカッコいい。


 そしてヤツはすぐさまその突き上げたその剣を、片手で華麗にくるりとひる返し、剣先から勢いよく地面に突き立てた。


 何か強力な技を出そうとしているのは明らか。俺とロナは身構える。眼がないにもかかわらず、まるで骸骨は俺たちを品定めでもするように深く見つめ………。


  ────しかし、なにも起こらなかった!



「ま、そりゃそうだよな。俺何にもできないもん」

「び、びっくりしたぁ……!」



 骸骨は顎でも外したかのようにパカッと口を開くと、地面から剣を引き抜き、顔を近づけて所々を眺め始めた。なんだかすごく人間臭い動きだ。しかもその途中で何回か首を傾げている。


 それから骸骨は再び先ほどと同じように剣を天に掲げ、一気に地面に突き立てるが、やはりなにも起こらない。


 またまた首を傾げつつ剣を引き抜き、今度はその場で一回転してから、ロナに向かって剣を振り下ろした。おそらく別の技なのだろうが無意味。全くなにも起きない。



「面白いくらい戸惑ってるな」

「なんか気の毒になってきた……。早く終わらせてあげよう」



 そう言うとロナは緑の骸骨に向かって手のひらをかざし、『フレアータ』を唱える。出現した魔法陣から大きめの炎の塊が真っ直ぐに飛んでいった。


 骨の剣士達と同様に、コイツもこれで倒せる。……俺もロナもそう考えたが、それは流石に甘かったようだった。


 なんと骸骨の持つ緑の刃の剣が、目には見えないが『風』のようなものを纏い出した。ヤツはそれを見て満足気に頷くと、ロナの放った炎の魔法を刀身で反らすようになぞり、そのまま身と剣を翻した勢いで後方へ受け流してしまった。



「なっ……⁉︎ 俺、あんなことできないぞ⁉︎」

「……多分だけど、あの剣、宝具だよ。その力だと思う」

「そういうことか……?」


 いや、正直あれが宝具であることは厳かな雰囲気を発しているからか、見ればなんとなくわかる。俺が驚いたのはそっちではなく、あの骸骨が俺と互角の状態で宝具を扱えていることだ。


 ……しかしだ。少し冷静に考えたらわかること。俺の『互角にする能力』によって俺と同格になるのは敵のステータスだけ。持っている道具と己で培った技術は対象外なんだ。


 それがわかったからあの骸骨は満足そうに頷いたというわけか。くそ、俺としたことがそれにもっと早く気がつけないなんて、クールじゃなかったぜ……。



「……! ザン、危ない!」

「なに⁉︎」



 ロナがそう叫ぶと共に、風が塊になって飛んできた。まるで風魔法が唱えられたかのように。



「うおおっ! 危ねぇ……」



 なんとかロナのおかげで転がり回って回避できたが、当たったらひとたまりも無かった。地面が抉れている。


 見れば、骸骨は剣を上に立てるように構えていた。その剣には再び風がまとわりついていっている。まとわりついた風は剣の先に集まっていく。


 そうしてある程度溜まった『風』は骸骨がその場で『突き』の動作をしたことで、剣先から勢いよく離れた。先ほどのような風の弾が再び俺に目掛けて飛んでくる。



「やあっ!」



 しかし、今度はロナがそれを剣で捌いて斬り落とした。



「……大丈夫。ザンは私が守る!」



 彼女は昨日と今日合わせて一番のキメ顔でそう言った。頼もしくもあり、ありがたい、が。本当は俺が女の子を守りたい。いや、贅沢を言っていている場合じゃないけど。


 とにかく、先ほどからあの骸骨は俺を狙っている。俺が何かしていることに気が付いたんだろう。



「ふっ……やっ、はっ! はぁっ!」



 ロナは俺に向かって打ち出され続ける風の塊をら次々と捌きながら、骸骨に近づいていく。


 風の塊は弾状だけでなく、刃状だったり矢のような形だったり。様々な形を取り俺と彼女を襲う。しかも段々と骸骨が風の技を出す間隔が狭まっているようだ。どちらかがまともに被弾するのも時間の問題。


 俺は、俺はやはり守られることしかできないのか? たしかに守られなければ死んでしまうだろうが……。



「くっ……!」

「あっ……」



 洗礼されていく骸骨の動き、ついに捌ききれなかった風の刃がロナの白く美しい頬を切り裂いた。赤い血が滲み出る。


 レディの顔に傷をつけた……だと?


 いや、骸骨がロナを傷つけたんじゃない、俺の無力が傷つけたんだ。無能は無力の免罪符にはならない。逆も然り。俺が守られているだけなのが悪い。俺が傷つけたようなものなのだ。


 ……俺がやられてしまっても、二十四時間は能力の効果が続く。つまりどう転んでもロナは無事。むしろ俺を守らなくていい分、その方が圧倒的に楽だろう。


 ならば、選択肢は一つ。死ぬこと前提で動くなど言語道断かもしれない。しかし、俺にとって女の子の負担になることよりはマシ! だから────。



「しまっ……ザン、よけて!」



 ロナが対応しきれなかった風の塊が再び俺を狙ってくる。だが俺はその風に向かってあえて駆けた。










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