呪われた身でもジェントルに 〜最弱から始まるダンジョン攻略〜

Ss侍

第一部

第1話 俺とパンドラの箱

「それでは、契約書にサインを!」

「ああ!」



 俺は美人な受付のお姉さんから差し出された羊皮紙に、自分の名前を書くため、羽ペンを持ち上げた。


 ド田舎からこの王都へ二週間かけ、ついに昨日上京に成功した俺は、この国随一の冒険者ギルド『リブラの天秤』と契約し、これから冒険者となる。冒険者となれば依頼をこなして金を稼ぐことも、同ギルドの仲間を募ってダンジョン攻略することもできる。


 特に世界中でどこからともなく出現するダンジョンをクリアすれば一気に莫大な富が得られる可能性がある。そのためギルドとこうして契約し、冒険者となり、一攫千金を狙う人間は跡を立たない。無論、俺もその一人だ。


 しかし俺は金だけが目当てじゃない。富と合わせて名声も手にし、麗しいレディ達から囲われ、ワーキャーと桃色の歓声を浴び、故郷に帰れば尊敬され崇められる。そんなジェントルな存在となるのだ! ……なるのだ!!



「おい、アストロイアが帰ってきたぞ!」

「またダンジョンを一つクリアしてきたのか……!」

「ザンさん、あの方達がうちのギルドのエースパーティ、アストロイアですよ!」

「ほう……」



 振り返ればそこには四人の男女。エルフ族の超美少女とホビット族のロリロリしい超美少女、あとは男二人。噂によればこの人達はパーティのランクも各々の個人ランクも、冒険者として最高位に位置するSランクなのだとか。


 全員歳は若そうだが、たしかにどこか威厳がある。この俺の紳士的な魅力とタメを張れるくらいだろうか?



「おい、あんたらそれって……」

「今回のダンジョンにあったのです! パンドラの箱です……!」

「ひぃいいい⁉︎」



 ホビット族の少女が持っている黒く禍々しい箱を見て、他の冒険者達が一目散に逃げ出した。どうやらダンジョンから見つかる宝箱の一種のようだが、なぜ逃げる必要があるのだろうか。お宝なんだから嬉しいもののはずだろう。



「なぁ、あのパンドラの箱とやらの何が問題なんだ?」

「単純です。開けたら、その開けた人が呪いにかけられるんです。ひどい時にはレベルが1になったりします。要するにトラップなんですよ」

「じゃあなぜ彼女らは持ち帰ってきた?」

「中身だけ見れば上等である場合が多いからですね」



 なるほど、つまり動物かなんかに開けさせて安全に取り出せれば立派に宝が入った箱ではあるというわけか。面白い。

 冒険者になる前にこういった情報が得られたのは幸先がいいと言える。やはり俺は運も味方してくれる人間だ。



「とりあえず『呪い無効』持ちの人を呼んでさっさとあけるのです! もうアタシ、これ持つの疲れたのです!」

「でもなかなかいない。頼むと中身より高くつくかも」

「ワッ! て驚かされて間違って開けちまわないようにな」

「そんな子供騙しで驚かないので……」

「ワッ!」

「わぁ⁉︎」

「ははははは!」

「おいおい、大事に至ったらどうする」

「その通りなのです⁉︎ 危ないのです! もし間違って開けでもしたら一巻の終り……あれ?」



 俺は事の一部始終を見ていた。仲間の男がホビット族の美少女を驚かした瞬間、彼女は驚きのあまり箱を上へ投げ飛ばしてしまったのだ。その箱は空中で弧を描き、なんとこちらへ向かってくる。


 もし地面に落下しその衝撃で箱が開いてしまったら、あの子が呪いを受けることになるのだろうか。つまり、ここは俺がそれを受け止め恩を売ることで、美少女とお近づきになるチャンスとなる……!


 俺は持ち上げていた羽ペンを一度元の場所に戻し、パンドラの箱に向かって手を伸ばした。そして華麗にキャッチしたのだった! 

 ……顔面で。



「うぼっ」



 俺の美しい顔に強い衝撃が走り、思わず倒れ込む。口が鉄の味がする。鼻血も出てきた。そして、それとほぼ同時に耳元で心地よい音が響いた。それはパカッという何かが開いたような音だ。中々開けられないジャムの瓶のフタがなんとか開けられた時のあの音に似て……。



「「「あっ……」」」



 俺の身体を漆黒というべきほどドス黒い煙が覆い始める。その煙は次々と俺の鼻の穴や耳の穴、尻……とにかく穴という穴から入り込んできた。頭の中で勝手に文字の羅列が思い浮かんでくる。



<称号獲得:【不成長の呪い】>

<称号獲得:【最弱の呪い】>

<称号獲得:【無魔法の呪い】>

<称号獲得:【無闘の呪い】>

<称号獲得:【呪い呼びの呪い】>

<入手できる呪い系の称号が上限に達しました>

<称号獲得:【呪いの限界】>



「のおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ‼︎‼︎‼︎」



___________

________

_____

__

_



「本当に申し訳ない! 許してくれ、この通りだ!」

「許してくれで許されるようなことじゃないのですよ」

「あはっ……あはは……」



 Sランクの冒険者四人が俺の前で正座をしてこうべを垂れている。強者として名を馳せている人間を謝罪させるなど、なかなか気分が良いではないか。……はぁあ。



「……気になる。ステータスどうなったの?」

「今それどころではないだろ」

「いや、ははっ。まあ、いいっすよ、はい」



 俺は自分のステータスカードを彼女たちに見せた。これはついさっき、このギルドで発行したものだ。発行した時点での自分のステータスが目視できるようになるだけでなく、自分の強さが更新されるたびにこのカードの内容も変わっていく優れもの。


 ……なんだが、まあ、もうこの俺には無意味なものでもある。



-----

ザン・コホーテ

☆ Lv.1

適正:農家・商人・盗賊

<無所属/-ランク>

魔力量 2/2

攻撃:1 防御:1 速さ:1 魔力強度:1

魔法:-

術技:-

能力:『高速耕し』『栽培上手』『料理上手』『掃除上手』

称号:【不成長の呪い】【最弱の呪い】【無魔法の呪い】【無闘の呪い】【呪い呼びの呪い】【呪いの限界】

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 Sランクの四人含め俺のカードの内容を見た者は皆、呆気に取られたかのような表情を浮かべていた。


 この向けられている表情、俺がなにか超凄いことをした上でのものだったらよかったが、違う意味ですごいことになってるのは俺のステータスの方だ。もはや人類史上最弱と言っても過言じゃない。



「あ、あ……ご、ごめんなさいなのです……ごめんなさいなのです……心の底から謝るのです……」

「や、やぁ、でもよ、農家としては……な?」

「別の道があるのと、一人の少年の夢を壊したのはまた別の問題だ。我々は死ぬほど謝らなければならん」

「このバカをすぐに止めなかったから私たち同罪……」

「うっ……ううっ……」



 ホビットの美少女が自責の念に駆られたのか、ついに号泣し始めた。女性を泣かせるのは男として絶対にやってはいけないことだ。これはとーちゃんからの教え。できれば笑顔にしてやりたいが、今そんな余裕は俺にはない。



「ザンという少年。その贖罪と言ってはなんだが、パンドラの箱の中身は全部君にやる。何が入っていたかは把握していないが、それだけ強力な呪い。売れば数千万は下らない宝具が入っていたはずだ」

「それでも足りなかったら、生活できるだけのお金は工面してあげるのです! ごめんなさいなのです……」

「あ、いやいやいいっすよ、ええ。そんな、そこまでは気にしないで。いや、俺田舎戻って農業やるんで、はい」



 ただ、実際は『俺はダンジョンをクリアしまくる伝説の男になる!』なんて故郷を出てゆく前に言って、それを間に受けた村のみんなが総出で盛大に俺を送り出してくれたから、今更あの場所に戻るわけにいかない。特に、俺を本当に凄い人間だと思ってくれてるかーちゃんや妹達に合わせる面目がない。


 だからといって、こんなに泣かれて『君の面倒は見る』的なことを女の子に言われても……ヒモになりたいわけでもないし……。よし、とりあえずここから出て行こう。これ以上、彼女達の良心に負担をかけても可哀想だ。ふっ、俺って超優しい。



「じゃあ、俺、帰りますんで。いやほんと、実家で農家やるんで気にしないでください。ええ、ええ」

「わかった。本当にすまなかった。ただ、やはり中身だけは受け取っていってくれ」

「そんなに言うなら、それだけでも。ギルドとの契約もなかったことに、ね。迷惑をおかけするわけにはいきませんし!」



 俺は箱が落ちた拍子にあたりに散らばった中身らしきものを拾い上げ、箱に戻した。抱えた忌々しい箱そのものがすごく重い。おそらく……そう、これは俺の夢と涙の重さだ。



「……それでは、さらばだ」



 俺はギルド『リブラの天秤』をあとにした。










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