第13話 俺と大食い

 それから程なくして店を出た俺は、宿屋でロナと合流した。きちんと頼んだ通りに新しい部屋を借りておいてくれたようだ。



「肩は……よかった、治ったんだね!」

「ああ、おかげさまでな」

「こっちだよ、借りた部屋」



 そう言って彼女が案内したのは、一人部屋が二つではなく、二人用の一つの部屋だった。なるほど、これは流石の俺も想定していなかったぜ……。



「どうしたの? そんなびっくりして」

「いいのかロナは俺と同じ部屋で」

「……?」



 ロナはきょとんとした顔で首を傾げる。どうやら何がダメか理解していないようだ。昨日からこんな感じではあったが、まさかここまでとは。無邪気そうなその表情がより心配を掻き立てる。



「とりあえず、着替えよっか。ザン、ボロボロだもん。私も装備外したいし、汗かいてるから下着とか取り替えたい」

「そうだな」

「……えっと、まずザンが部屋の中で着替えて、私は廊下に出てるね。ザンが終わったら交代ね」

「わかった」



 む? むむむ、なるほど。そういう意識はちゃんとあったのか。貞操的な観念が全くのゼロというわけでもないようだ。暴漢に襲われるのも人並みに嫌がっていたし、もしかしたら警戒心が無いんじゃなくて、警戒することそのものに疎いだけなのかもしれない。



「着替え終わったら、ご飯食べにいこうね!」

「あ、ああ。そうしよう」

「そうだ、これお釣りね?」

「おう」



 釣り銭を渡されながら部屋の中に入ると、そこは特に変哲もない至って普通の二人用の空間が広がっていた。大きめのベッドが二つに二脚の椅子と一つの机。クローゼットと、あとは手洗いの小部屋が一つ、それだけだ。


 ところで、なぜ俺が知り合ったばかりの男女で同じ部屋がまずいと理解しているのに彼女に直接言及しないのか……。理由は簡単だ。俺は紳士だから手出しこそしないが、こんなとびきり可愛い女の子が一緒の空間に居てくれるというのに、それをわざわざ無下にするほどバカじゃない!


 そう! 心と行動は紳士のまま、微かな欲望に忠実に。この時点でやましく、紳士とは言えないとかそういう余計な考えは捨て去って密かに密かに状況を楽しむのさ!


 それから、一通り用事が済んだら荷物を置き財布だけ持って、俺とロナはすぐ近くの飯屋へ向かった。今回はたんまり金がある。ロナも好きなだけ腹一杯になるまで食えるだろ。



「お、お待たせ、しました……当店最大、ギガントサーモンの丸ごとムニエルでございます! そ、それとキングサイズのハンバーガー二つ、山盛りポテト五皿、ミートパイ三枚……」

「わぁ! おいしそー!」



 いや、いくらなんでも食べ過ぎなんじゃないか。この量を見てもまったくたじろいでないし。俺なんかキングサイズのハンバーガー一つ食えるか食えないかなんだが……。

 


「いっただっきまーす!」



 ご機嫌な様子で、ロナはまず、自分の頭ほどはある巨大なハンバーガーにかぶりついた。



「んー、おいひー!」



 口周りにソースがつくことを躊躇わず、豪快な一口。そのくせ衣類にはつかないように配慮している。これはきっと大食いに慣れている食べ方だ。たしかにロナのステータスの称号欄には【食いしん坊】があった。だがこの量はもはや暴食だろう。



「ひあわへ……」



 本当に心の底から幸せそうな表情を浮かべてやがる。竜族特有の赤い尻尾も忙しなく揺れ、身体をつかって喜びを体現している。ああ、なんやかんやこうして暴食している姿も可愛い。可愛いってのは何しても最強なんだな。


 しかしまあ、昨日おごった時、俺のなけなしの二万ベルが一瞬で消えたわけだが……これを見る限りあんなんじゃたぶん足りなかったな。腹八分目なんて言ってたがそれは嘘で、実はあんまり満たされていなかったんじゃないだろうか。


 気を遣ってそう言ってくれたんだろうし、楽しんでいるであろうこの食事中にその真偽を問うのは野暮だ。……だが紳士な俺としてはとても不甲斐ない。昨日も腹一杯食わせてやりたかったな……。



「あ、ほーだ! ハン、ひひへほひひほほは」

「おいおい、口の中なくなってから喋ろうぜ。エレガントじゃない」

「はっ! わらひとひたことか……ゴクン」



 腹が満たされてきたことで言いたかったことを思い出したのだろうか。何かを伝えたくて、いてもたってもいられない様子だ。たった一回の飲み込みで口の中パンパンにあったものが一瞬で消え去った。



「ふぅ! ……それでね? 言い忘れてたんだけど、私、あの緑色の剣士を倒してからステータスのステージが星二つになったの!」

「なんだと⁉︎ じゃああの【究極大器晩成】はもうデメリットな称号じゃなくなったわけか」

「うんっ!」



 ロナは口に物を含んでる時と同じくらい嬉しそうに微笑んだ。まさかたったダンジョンを一周しただけでそれほどの経験値を得られるだなんて予想してなかったぜ。


 思い当たる節があるとするなら、前に噂で、ステージ星一つの人間がSランク相当の魔物を倒せたとしたら、仮にレベルが1でも星二つにまで一気に駆け上がれるという話を聞いたことがあるような気がする。


 つまり、あの緑色の剣士はSランクの魔物だった……そういうことなのだろうか。実際、俺とステータスは互角なはずなのに、剣の活用や本人の技術が相まってかなり手強く、学びとれることも多かったしな。そう考えるとしっくりくる。



「やっと、やっとだよ……やっとまともに強くなれるよ!」

「そりゃあ、よかったじゃないか!」

「うん! だから今日はお祝いにたくさん食べるの!」



 そう言うと、ロナは細切りのポテトを十本ほど一気に口に含んだ。

 だいぶ強くなっているだろうと予測はしていたが、もはやあの呪いに近いのを脱却してしまったとなると……こうなったらいよいよ本当に、俺は不要となっただろうな。



「ロナ」

「う?」

「あー、返事はしなくていいから聞いてくれ。飯を食い終わったら一旦宿にもどって戦利品の鑑定と整理をしよう。そのあとちょっと大事な話をする。そのつもりでいてくれ」



 ロナは不思議そうな顔をしながらウンウンとうなずいた。

 ……気がつけばもう、頼んだ大量の料理の半分が消えている。










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