第22話 俺と彼女の必殺技

「……よし、と」

「なんか貴重な体験だった気がする」



 俺とロナは無事に穴の奥底、ダンジョンの出発地点に足を踏み入れることに成功した。丸太には世話になったがここで乗り捨てる。指輪の可能性を知れた良い機会だった。



「ごめんね、ザン。魔力たくさん使わせちゃったね。減らないとはいえ」

「少し疲れたような気もしなくはないが、ま、大丈夫さ」



 少々苦労して辿り着いたこのダンジョン、床は石畳でできており、壁は断層のような土壁でできていた。前と同じように灯火はないのにやけに明るい。



「それじゃあとりあえず、前と同じように俺が先陣を切るぜ」

「無理しちゃダメだよ?」

「わかってるさレディ」



 蛇行している石畳の道をしばらく歩いていくと、石造りの階段があった。そこを降りてゆき、その先で広い空間に辿り着く。

 そこには黒く鋼のような剛毛とまっすぐに伸びた二本の牙をもった、猪系の魔物が五匹もいた。ロナはそれを見るなり、眉をひそめて記憶を辿りだす。



「あ、あれは……! えーっと、普通にアイアンボア……じゃないな。ちょっと違う。うーんと……あ、身体がちょっと丸くて牙がピンとしてるから、そっか、パンクボアでもあるんだ! 言うなればアイアンパンクボアってところかな」

「どんな魔物なんだ、それ」

「アイアンボアが牙や毛が何故か鋼鉄でできてて、パンクボアが空気を吸い込んで体を膨らませて、あの牙を飛ばしてくるの。それらがたぶん合体してる」

「合体ってありなのか?」

「前のダンジョンでも、魔物が魔物の上に乗ったりしてたし。ダンジョンって割とこういうことあるみたいだよ」

「へぇ……」



 とにかくなんでもいいけど、猪系の魔物っていったら、俺みたいな農民からしてみれば畑を荒らす害悪としか言いようがない存在だ。正直、アイアンだかパンクだか知らないけどクワで頭かち割ってやりたい気分だ。

 ……が、紳士的にそこは我慢。今はロナが新武器と新技を試す時だからな。



「プグーーッ……!」

「プグゥ……!」



 猪達が一斉に息を吸いだし、その体が空気で肥え、パンパンになっていく。ロナの言った通りになっているな。俺としてはパンが出来上がるまでを思い出す。



「丸々としていくな」

「私も実物は初めて見た。なんか面白いねっ」

「でも、あれってあの槍先みたいな牙を飛ばす準備なんだろ?」

「そ、そうだった! ザンを守らなきゃ!」



 ロナは俺を庇うように前に出てきた。



「むぅ……!」

「ま、そんな気張らなくても大丈夫だと思うぜ」

「ボッボン!」



 膨らむ猪達は、同時に息ぴったりで溜めた空気を放出し、その貫くための牙、計十本を飛ばした。

 ……たしかに飛んだは飛んだが、ほんの少しだけだ。金属の武具を地面に落としたような高い音があたりに響き、すぐに静寂が訪れる。



「プ……プギ?」

「こっちに飛んでこないし、すぐ生えてくるはずの牙も戻らない……」

「ま、俺はそんなエレガントじゃないことできないからな」

「そっか、さすがザン!」

「さ、今のうちだぜ」

「うん!」



 元気よく頷いたロナは、腰に下げていた飾りすぎていないシンプルで厳かな鞘から、スッと剣を抜き出した。

 金の柄に緑の刃、黒の刀身。長さこそあの骸骨が持っていた時からロナの身長に合わせて縮んでいるが、あの威厳のある魅力は損なわれていない。



「どうだロナ。宝具を実戦で使う気分は」

「なんかドキドキする。これが、これが私の剣っ……! すごい、すごく感激だよザン……!」



 新しい玩具をもらった子供のように目をキラキラさせている。眩しくていい笑顔だ。



「じゃあ、術技も見せてくれ。エレガントに!」

「うん! ……たしかこうやって!」



 ロナは、掲げるように剣を頭上に持ち上げた。明確な点は違えど、その構えは技を繰り出そうとしてきた緑色の骸骨のあの姿を彷彿とさせる。


 その時からどこからともなく、彼女の元に淡い光が集まってきた。まるで月の光を集めて小さな粒に加工したような、そんな光が。


 それだけじゃない。風だ、風も足元の方からロナを中心に渦巻くように集まってきている。それにより彼女のロングスカートと赤く美しく長い髪がなびいており、その姿は美麗としか言いようがない。


 やがてロナに集まってきた光と風は、彼女を通じて『夜風の剣 ヒューロ』に集約されていく。光は刀身に吸収され、風はその刃の周りに渦巻いてまとわりついた。


 しばらくして剣に付与されているもの以外の光と風が全て止んだ。

 掲げていた腕を肩まで下げたロナは、剣の柄をより深く握りしめ、大きく横に身をグッと逸らし、一瞬だけぴたりと動きを止め、強く呟いた。



「月光……風斬‼︎」



 光と風を大量に纏った夜風の剣は、虚空に向かって横薙ぎに振りかぶられる。

 その瞬間、風と光が複合した衝撃のようなものが、横倒しになったような三日月を形成し、凄まじい勢いで鉄製の膨らむ猪アイアンパンクボア達に向かって飛んでいく。


 三日月は困惑する五匹全てを一気に真横に切り裂いた。そして、それとほぼ同時に、その切断面から光と風が暴れ出したかのような爆発が巻き起こる。風圧で俺の愛帽あいぼうが飛ばされないよう、強く頭に抑えつけざるをえないほどの。


 ロナが剣を振ってからここまでほんの一瞬だ。ただただ美しく、凄まじい。まさにエレガントだ。



「すごいぜ、これは!」

「はぁ……っはぁ……! くっ」

「おい、ロナ!」



 ロナが態勢を崩したため、俺は慌てて彼女を支えた。その額からはかなりの量の汗が流れている。



「なにか魔力以外に代償がある技なのか……⁉︎」

「う、ううん。違うの……私の今の魔力量だと……半分近く一気に持ってかれちゃうみたいで……その反動が来ただけ」

「そういうことか」



 息を整えながら、ロナはニコッと満足げに微笑んだ。



「で、でも……すごく強い技だよ!」

「そうだな。実に美しかった……。とにかく、ほら、水だぜ」

「ありがと、ザン」



 貯水用皮袋に入った水を彼女はごくごくと喉に流し込む。そして、ぷは、と強く息を吐きながら気持ちよさそうに飲み干し、深呼吸をして息を落ち着かせた。



「うん、もう大丈夫」

「そうか。それならよかったぜ」

「ん、まって。……あれ? あれれ?」



 ロナの中で何かがあったようで、服の一部に手を入れるとそこからステータスカードを取り出した。そして裏面のステータスを確認し先程よりも深く笑みを浮かべる。



「うん、やっぱり間違いなかった! ……ね、ね、聞いて!」

「お、おお。ハイテンションだな。もちろん聞くぜ?」

「今の術技って、私が持ってない技の要素がたくさん含まれてたんだけどね?」

「ああ……」



 そういえばロナは飛ぶ衝撃波を放つ技を持っていなかったはずだ。あと光属性の技も。そういった覚えていない属性の技をも一時的に扱えるとは、さすが宝具の札といったところか。

 そして、使えないはずの技を使ってしまったということは……なるほどな。おそらくロナは。



「あのね、魔法と術技と能力、新しいの四個覚えて、さらに元からあったのも二つ進化したんだ!」

「そいつはエクセレントだッ……!」



 予想通りだったが、とにかくこれは嬉しいことだろう。……このお祝いと称すれば自然な流れでランチとディナーを奢ってあげる提案ができそうだ。


 ロナの言うその全貌はこうだ。まず増えた魔法は光属性の基本の魔法[ライト]。そして風属性の[トルネ]が一つ上の[トルネーチ]へ進化した。


 増えた術技は光属性の基礎の斬り付け攻撃<光白斬>。そして、属性のない基本の飛ぶ斬撃<波動斬り>、風属性の飛ぶ斬撃<風波斬>の三つ。また、風属性の斬り付け攻撃<疾風斬>が進化して<疾風斬・改>となった。


 能力は一つだけだが、『風属性強化』というそのまんまの名前の効果があるものを得た。魔法と術技を総合して一番、風属性の攻撃が多くなったロナにとってかなり有用な能力と言えるだろう。



「いい感じに成長してるじゃないか! 必殺技もこれで決まったことだしな」

「うん!」



 剣といい、技といい、あのダンジョンが最初でよかった。俺たちは運に好かれている。……なんて、他のダンジョン攻略しながら浮気がちなこと考えるのは紳士的じゃないか?



「よし、ザン! この調子で次にいこ!」

「ああ」



 とにかく、俺たちは先へ進んだ。








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