第93話 俺と称号

「称号とは、その個人の生きた証拠のようなものだ」



 ザスターはこちらから訊く前にそう言った。

 ま、それはなんとなくわかっていたさ。例えばロナの【大食嬢】とかな。まさに本人の行いの結果の証ってやつだろう。

 

 彼は続けて述べる。



「故に何かを成し遂げれば、それにふさわしい称号もついてくる。つまり小僧とロナの話が全て事実ならば、小僧は既にそれ相応の称号が数多く得られていなければ不自然なのだ」



 ……そうか。

 そう言われたら確かに、俺の称号はかなり足りないのかもな。


 自分の行いを自慢するつもりは無いが、それでもこの半生で色々とクールかつジェントルなことをこなしてきた自覚はある。


 なんなら俺は結構イケメンなんだ。少なくとも【容姿端麗】の一つや二つ、ついていたっていいもんだよな?



「そもそもオレ様は数多くのステータスを見てきたが、呪いとダンジョンに関すること以外の称号が一切存在しないカードなんぞ初めて見たぞ」

「そっか……たしかにおかしいね、なんでなんだろ?」



 なんで? ほんとそうだ、なんでなんだ?

 貰えるハズのもんを貰えてないってのは、なんかモヤモヤするよな。気になって夜しか眠れなくなるぜ。


 せめてなんかこう、なんでもいいからそれっぽい理由が欲しいが……あー、あるっちゃあるな。

 


「そういや、心当たりはあるぜ?」

「そうなのかッ」

「ああ、俺の呪いの一つに、【最弱の呪い】ってのがあると思うんだが──── 」



 呪いには隠された効果があり、例えば【最弱の呪い】の隠された効果によって、俺の魔力は「2」から絶対に減らず、その仕様を利用してアイテム限定で魔力が使い放題だ……ってことをまず教えた。


 あ、そういやこっちが本題だったな。

 逸れた話の説明をするために、本題を持ち出すことになるとは。まあいいや。


 それを踏まえて、俺の所有している呪いの中に、『一部の称号が得られなくなる効果』を密かに抱えてるものがあっても不思議じゃあないだろう……と、そう考えたわけだ。


 俺の考察を聞いたザスターは、考える素振りを見せながら、軽く頷く。



「ふむ、たしかにステータスを覗いたり、鑑定するだけじゃ得られない情報を持つモノはこの世の中に数多く存在するッ。くわえて呪いはどの国でも研究が全く進んでいない。そのような力を秘めていてもなんら不思議ではないなッ……」

「そうだ。それに俺はなるべくこの力を隠したい。すごそうな称号がいくつもついて、なんか変に注目されるよりはこっちのが良いのかもしれないぜ」



 しかしな、この仮説が正しかったとして、どの呪いが称号獲得を阻んでいるんだろう。やっぱ一番怪しいのは【最弱の呪い】か?


 そのうち、気が向いたらちゃんとクレバーに調べてみるのも悪くないか? なにか新しい発見があるかもしれない。

 ……ま、ほんとに気が向いたらだが、な。



「ふん、前向きで悪くない考え方だッ。魔力無限や最低なステータスの押しつけも良いが、何より心が強いな貴様は! 本当に面白いやつだ」



 満面の笑みを浮かべながら、実にゴキゲンな様子でザスターはそう言った。俺の背中をバシバシ叩いてくる。

 おいおいおい、褒めすぎだって。

 


「オレの威圧に耐えた時点で好印象だったが、改めて心底気に入ったぞ……小僧ッ!」

「そりゃどうも、嬉しい話だ」



 そうクールに答えたものの……ぶっちゃけ戸惑うな。


 親友ロナの身内って立場だから実感は薄れてるが、この男、ザスター・ドラセウスはやはり、冒険者の頂点と言っても良いほどの人間なんだ。


 そんな人物からここまで言われたんだぜ? 気を抜いたら謎の緊張で体が震えて出してしまうだろう。


 手紙でこのことを俺の活躍に期待してる故郷の皆に伝えたら、喜んでくれるだろうか。

 いや、ダメだな。事実なのにあまりにもリアリティが無さすぎる。普通は信じてくれないよ、うん。



「さて、オレ様は気に入った相手と身内はとことん贔屓ひいきすることにしているのだ。故に決めたッ! 貴様、今より強くなる気はあるんだろう?」

「ああ、当然だ」



 ……いつ、またどこかで《大物狩り》のような脅威と出くわすかわからない。そして、その敵が今日のザスターのように簡単に俺を倒せるかも知れない。


 そんな事態、あり得ないとは言い切れないだろう。だから、俺は現状に甘んじるつもりはないさ。

 俺が居なくなったら、俺を慕う可愛い相棒が酷く悲しむだろうしな。

 


「ふはははは、そうこなくてはッ! 故に、この家の引き渡しの手続きが終わるまでの三、四日の間……この《竜星》が直々にアドバイスをしてやろうと思うッ! どうだ?」

「いいのか?」

「ああッ! もちろん、ロナにも稽古をつけてやるッ」

「あ、ありがとうっ!」



 それは……もう本気のマジでめちゃくちゃ嬉しい提案だ。

 数日間とはいえ、彼から教えを受けられることになるとは……! 戦った中で、質問したいこともいくらかできていたし。


 その数日間は人生において貴重だなんてもんじゃない体験となるだろう。今あるメモ用紙で足りるだろうか?



「そうだ。ただ、その代わりと言ってはなんだが、小僧。貴様……【呪い無効】を持っているよな? ちょっとその力を貸してはくれないかッ?」



 あ……?

 あー、そう言うことか。タダではないってことね。


 まあ、あの称号に目をつけられることは予想していたさ。ノーリスクでパンドラの箱を開けられる人間ってのはかなり貴重だもんな。


 わざわざ『解呪の黒鍵』を探し回るくらいなんだ、これほどの冒険者にとってもそれは変わらないんだろう。



「ま、俺は箱開け屋をやるつもりはないが、元々知り合い限定で引き受けてる。独自のルールはあるがな。そのルールを守ってくれるなら、予定さえ合えばいつでも引き受けるさ」

「ほうッ! それは非常にありがたいッ! で、そのルールとはなんだ?」



 俺は、俺独自の箱開けのルールを彼に話した。


 今のところは報酬を別のパンドラの箱で払うことと、俺の存在を言いふらさないこと、そして誰かの代理となっての依頼の禁止の三つしかないけどな。



「……なるほど、了解したッ。しかし報酬が箱自体とは考えたものだな。依頼人にとっては厄介払いができ、貴様にとっては宝具の獲得……つまり自身の直接的な強化に繋がる。実に商売に長けているノーマル族らしい合理的な考えだ」

「はは、だろ?」



 どうやら彼にとってもこのルールで問題ないみたいだ。

 もしかしたら今後、《竜星》は、パンドラの箱を大量に届けてくれる最高の取引相手になるかもしれない。


 ただ一つ問題があるとすれば……。



「でも叔父さん、『解呪の黒鍵』はどうするの? ザンに頼むならあれはいらないよね?」



 おっと、ロナが先に言ってくれたぜ。そう、まさしくそれだ。

 下手すりゃ土地の返品か、パンドラの箱いくつかをタダで開けるってことになるだろうか?

 

 しかし、ザスターはすぐにその答えを返してきた。

 


「そんなことはないぞッ! 使い所ならば無数にある。持っておいて損などない」

「そっかー、ならいいね」



 どうやら下手な心配は要らなかったみたいだな?

 俺には思いつかないが、まあ、長年に渡り冒険者をやっている人間にしかわからない使い時があるんだろう。



「……さて、今日のところはこんなものかッ。ハハハハハハッ、どうだ貴様ら! メシでも行くかッ!」



 話に一区切りがついてすぐに、ザスターはそう言いながら立ち上がった。



 メシか……。ディナーのお誘いだよな。

 悪くないが、もうそんな時間か。随分と経ったな。

 流石の俺でもこんな人物と遭遇して色々やるだなんて予測できなかったぜ。


 結局、色々ありすぎてランチは食べそびれてしまったな……。

 ま、流石の俺でもこんな人物と遭遇するなんて予測できなかったから仕方ないか。



「俺はいいぜ。ロナはどうする?」

「叔父さん、その……ほんとに私、いっぱい食べるよ? あの称号の通りだよ?」



 ロナはモジモジしている。

 普段は大食いに対してこんなに恥じらいはみせないはずだが……そうか、ロナは他人に見られるよりも身内に知られる方が嫌なタイプだったか。



「ハハハハハハハハハッ! 構わん、いくらでも奢ってやるッ」

「違うの。その……食べるとこ見ても、わ、笑わないでほしいなーって」

「ああ、わかったわかったッ! 約束しよう」

「な、なら、ご馳走になります……!」



 それから俺達はザスターに連れられ、メチャクチャ高級な料理屋に行った。


 全席完全個室で、俺でも何回かしか食べたことないようなモノばかりが運ばれてくるようなところだ。


 ふふふ……天才的な味覚を持つこのジェントルマンは、見事に味を覚えたからな。そのうち再現してみるのも面白いかもしれない。


 そして結局、約束通りザスターはロナの大食いを笑うことはなかった。


 ……予想以上だったんだろう。

 笑い飛ばす以前に、空いた口が塞がらないほどずっと驚きっぱなしだったもんなぁ。










=====


お久しぶりです。

再び急に長期の休載してしまい申し訳ありませんでした。先の展開を思いつかなくなると、一ヶ月ほど書けなくなってしまう悪癖がまたまた出てしまいました。


なんとか脱却したので、投稿を再開しようと思います。

ご迷惑をおかけしました。


今後は、この不調の予兆があったら事前に連絡を残すよう努めます。

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