第78話 叔父と家出少女
ロナは今、たしかに頷いた。
彼女は、自分のしたことを認めたんだ。
……そうか、家出か。
ロナがしでかした、叔父に怒られるようなことっていうのは、そう言うことだったのか。
そりゃあ、《竜星》が彼女にとって優しい叔父さんだったとはいえ、それが分かれば怒りもするだろう。普通なら帰してやろうとも考えるはずだ。
一方でロナには今も全く戻る気がない。
となれば、叔父を必死に避け続けるのは当前のことだったよな……。
「認めたな」
「……」
「さて、どうする?」
叔父は椅子に深くもたれかかり、足を組む。
他の誰も言葉を発しようとしないこの場で、鎧が擦れる金属音だけが響いた。内容が内容だけに、場の空気が重いなんてもんじゃない。
……しかし、まさかこんな大人しい淑女であるロナが、今まさに家出している最中だなんて考えたこともなかったな。いや、考えようともしなかった。
だが、思えばヒントはたくさんあったのだろう。
冒険者になりたいと言っていたのに、剣や防具は練習用でボロボロ。加えて生活に必要な資金も、道具も、足りていなかった。
あからさまに、準備不足だった。
戦闘のエキスパートである竜族の人間が、そこで手を抜くのは不自然だったよな。
俺みたいに理由があって
あの頃の俺は、一気に色々なことがありすぎて……受け流してしまっていたんだな。
あと、何かしらの違和感に気がついたが、彼女の過去を探ろうとして踏みとどまったことだって何回もあったよな。
はは、それは……紳士としてだったが。
なんにせよロナの性格を考えたら、家出をするだなんて選択は相当な覚悟が必要だったはずだ。気軽にそれをできるようなレディじゃない。
それ相応の出来事が……故郷であったんじゃないだろうか。
「……おい、どうすると訊いているんだロナ。早く答えろ」
長い沈黙の末。
彼は静かに、しかし重たく急かした。
当のロナは今、気持ちに押しつぶされそうになっているのだろう。小刻みに、健全とは言い難い細やかな呼吸をし始める。
流石にまずいか。
叔父にとって俺は完全部外者だが、そんなことは言っていられない。そろそろ、フォローを始める必要があるな。
ちょっと、いや、かなり恐いけど……なるがままよ。
「あー……なぁ、身内の大事な話に割って入るようだが……」
「あ? そういえばずっと居たな、なんだ貴様は」
「そうだな。自己紹介が遅れて申し訳ない。俺は彼女の──── 」
そこまで言ったところで唐突に、ロナの震える手が俺の腕に向かって伸ばされ、弱々しく掴んできた。
そして今にも涙が溢れ出てきそうな、辛そうなその顔をゆっくりと横に振り、潤んだ瞳を向けてくる。
「ロナ……」
「あ……ありがと、も、もう……だいじょうぶ」
……そうか、わかった。
自力で頑張るというのなら、引っ込むしかないな。
「悪かった、俺のことはやっぱり後にしよう。話を続けてくれ」
「……ふん。まあいい。ならばロナ、早く答えてくれ。そうでなければ話が進まないだろう」
ロナは俺の腕を掴んだまま、叔父をまっすぐ見て、深呼吸をする。
おかしな呼吸と震えがややマシになった……。そんな彼女は、細々と言葉をつむぎ始める。
「わ、私は……。わ、悪いことをしたと思って、る……すっごく、すっごく悪いこと……ま、まず、ごめん……なさい」
「で?」
「で、でもっ……戻りたくない。戻りたくないの! あそこには! 私嫌なの、もうあんな生活! そ、それに……」
ロナはちらりと俺の方を見る。
だが、すぐに叔父の方へ向き直った。
「と、とにかく、私は決めたの。……帰らないって。叔父さんが……何と言おうと。もし連れ戻そうとしても…‥駄目だから」
彼女の思いが詰まったような言葉。
それを聞いた叔父は、再び姿勢を変え、ゆっくりと問いただすように呟く。
「そうか、それが答えか」
ロナは言葉は出さず、強く頷いた。
「なるほどな、よくわかった」
「……」
「ならいい」
「えっ?」
「独り立ちをしたって解釈にしといてやる」
たったそれだけ。
たったその言葉で、重苦しかった雰囲気も、あり得ないほどの威圧感も、全てが綺麗さっぱりと消えさった。
……あの状況から、あまりのあっさりとした許しが出た。
驚きだ。こんな簡単に受け入れるとは俺も思わなかった。
反抗したロナ自身も驚きが抑えきれないようだ。
「あ、掟の方はハナからオレもどうでもいいから気にするなよ。あんな古臭いの」
「え、あ……えぇ?」
もはや叔父には葛藤も何もないように見える。
……もしかしたら。
叔父はロナが死ぬほど帰りたくないのを見越していて、この話し合いが始まった最初から、答えは決まっていたんじゃないだろうか。
あの威圧感とか、怒っていたのは全部演技でな。
「い、いいの?」
「ああ、このオレ様に二言はないッ! それに、この英雄たるオレが許したんだから、あの里の他の奴らは意見なんてできないさ」
「ほ、ほんとに?」
「ああ、ほんとほんと」
「な、なんで?」
「そりゃあ、お前自身がそう決めたからだ」
ロナは今、喜んで良いのか戸惑って良いのかわからなくてオロオロしている……まさにそんな感じだ。
これでこの一件は落着か?
そうか……うん。
俺はロナの味方を、相方だからと無条件でしたわけだが……なんかすんなり許された今、今度はその肝心の家出した理由がパッとしなくて心の内でわだかまりになっている……。そんな酷な俺がいる。
周りから落ちこぼれ扱いだった、友達がいない等、過去の発言から読み取れる事がないわけじゃないが……な。
レディへの過去の詮索はノットジェントルだが、今回ばかりは気になる。
今後もロナと付き合っていく中で、知らずのうちに彼女にとっての爆弾発言をしてしまった……なんてことになったら目も当てられない。
あくまでも失礼のないように後でやんわり────。
「……悪いが納得がいかない」
「なに……?」
「なぜ叔父の立場である旦那が、姪っ子さんに家出して良いなんて言えるんですかい? こうもやすやすと」
そう言ったのは、叔父の付き添いの冒険者のおじさんだった。
……一瞬、俺の内心のさらに奥底の声がポロッと出てしまったかと思ったのは内緒にしておこう。
ロナが親友だからとかいう私情はなくして、完全に客観的に見た場合、ぶっちゃけ今の言葉にまったくの同感だからな。
「その、他所様の家庭の事情に首を突っ込む気はなかったんですがね。正直、旦那と姪っ子さんのやりとりは違和感しか感じねぇ」
「……そうか」
「もし俺の立場なら姉が独断で許したとか言って、娘が勝手に独り立ちなんかしても絶対に納得なんかしないでさぁ! だから、姪っ子さんの御両親は抜きでこういう話は……」
もっともすぎる真っ当な意見だろう。
叔父は、それに対して少し笑みを浮かべながら答えを返した。
「まあ、お前んとこはガキがいるもんな。そうだ、それが……まともな親の考えだろうッ! ハハハ、オレ様はお前のそういうハッキリ意見が言えるところ嫌いじゃないぞ!」
叔父はロナに目線を送る。
当のロナは……冒険者のオジサンの方を見て、寂しそうな、羨ましそうな、それらが入り混じったような表情をしていた。
ああ。そうか、わかってしまった。
後でやんわり聞いてみようなんて、思うことすら愚かだったかもしれない……。
「ロナ、お前……里を出て何日になる?」
「1ヶ月は過ぎたかな……?」
「そうか。それだけあれば、あの里は遠いと言っても余裕で手紙くらいなら届く。で、だ。オレは、ロナがこの街に居た事を今知ったんだ。……つまり、そういうことだ」
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