第79話 彼女の境遇

 娘が行方不明にも関わらず、親戚に手紙を出して協力や情報を求めるどころか、知らせることもしない。


 そしてそれを聞かされたロナが、改めてショックを受けている様子はない。当然のように受け入れている。つまりは日常的に……。

 


「……! もしやネグレクトってやつですかい?」

「まあ、そんな感じだ。里全体でな」

「はぁっ⁉︎ それはどういう……」



 叔父は再びロナに目線を送る。おそらく事情を説明してもいいか、と訴えたのだろう。

 彼女はその合図に、無言で相槌をうった。



「……竜族はプライドがバカ高いのは、オレ様と行動を共にしてるんだから知ってるよな?」

「それは、ええ」

「故に強者や才能のある者を好み、弱者をうとましく思う傾向にある。個人差はあるが、竜族は全員そうだ」



 それはさっきエルフの老婦人からも聞いたな。

 竜族の代表かおと言ってもいい男までそのように言うんだから、間違いはないのだろう。


 もし、事情を知らない竜族に俺のステータスカードを見せたら、ゴミを見るような目で見られそうだな。



「ま、オレ様みたいにキチンと世に出て見聞を広めたら、ある程度はマシになるがなッ?」

「……普段からSランク未満は雑魚だの、魔法使いは非力だからダメだのと言ってるのにですかい?」

「ハハハ。……えー、それでだ」

 


 この人、オジサンのツッコミを聞かなかったことにしたぞ⁉︎

 《竜星》の基準じゃAランクから雑魚ってことか? それは流石に暴論じゃないか。


 なるほど、竜族の強者優先の思考はそんな感じなんだな。

 いい実例を聞いた。流石に彼のはその中でも極端な部類だと思うが。



「少し話は変わるが、ロナは生まれつき【究極大器晩成】という称号を持っている」

「なんとも珍しい。だが、それって……!」

「そう、他の【大器晩成】と違い、これは呪いと並ぶ最悪の称号の一つだ。星二つ……つまり一度でもレベル100を超えない限りはステータスの伸びは半分になる。なんなら、カードには表記されねぇが魔法、術技、能力の習得や成長もかなり遅くなる」



 マジか。あれ、技の成長もできない効果まであったのか。通りで、ロナは何かを習得するたびにえらく喜んでいるわけだ。


 正直、「なぜコレを今更になって習得したんだ?」と言いたくなるようなものも少なくないしな。


 家を買って自由に鍛錬できるようになった後の成長ぶりが楽しみだ。



「噂には聞いていやしたが、そこまでとは……!」

「酷いもんだろ? ろくに成長できないのに、成長しないと逃れられない、そんな呪いだ。実際にアレを脱却したやつなんて、周りの協力をいくらでも得られる王族のガキくらいしかオレは聞いたことがない」



 叔父がそう言うと、ロナはまたチラッと俺の方を見て、満面の笑顔を見せてくれた。まるで俺のおかげだとでも言いたげだ……いや、実際そうなんだが。


 ……あ、俺の腕をずっと掴んでたことに今更気がついて、恥ずかしそうに引っ込めたぞ。



「おや? でも姪っ子さんの魔力的に……」

「わかってるが、その話も後にしよう。どうやら長くなりそうだからなッ! ……とにかく、そんなもんを背負ったガキが、オレ様達の親父、つまり里長の長男息子クソアニキの娘として産まれてしまったんだ」

「まさか……」

「ああ、無論だ。忌子いみこのような扱いだった。竜族は誇り高い、故に子供には暴力をふるったりはあまりしない。だが無視や罵倒はする。村の掟だから飯もやってたし、教育も受けさせてはいたようだが……酷いもんだった」



 ああ。やっぱりそういう展開だったか。


 環境が全てロナに牙を剥いていたんだ。

 そりゃあロナがいくらかなりの美人で良い子でも関係ないし、友達ができるわけがない。


 人付き合いが苦手でオドオドすることも多く、稀に常識が足りないような行動をし、叔父と比べてかなり大人しい性格……そんな風になってしまうのも当然と言える。

 いや、むしろその程度で済んだと言うべきか。


 里の人間からすれば居なくなったってどうでもいいし、さほど気にもしてないんだろう。最悪、厄介者が消えて喜んでいる可能性すらある。


 ……あまりにも、不憫だな。



「特定の種族だけの里ってすごいぞッ、良いも悪いもその特性がより強くなるからなッ! 徹底してたぜ、色々と。……どうだ、出て行って当然だろう?」

「事情は……わかりやした。家出って言うより脱出でさぁ。俺だって同じ状況なら姪っ子さんのように逃げやす」

「ハハハハ、オレ様もだッ! ま、オレならあと二年は早かったがな?」


 

 どういう心境かを知るために、今度は俺がロナの方を見る。

 それに気がついた彼女は、あたかも平気そうにニコっと微笑んでみせた。


 ……強いな。ああ、これは強い。

 自殺じゃなくて、逃れるって選択ができたことも含めて。


 耐えて、耐えて、耐え続けて自由になったんだ。

 彼女こそが、本物のドラゴンのような、美しい真なる強さを持っていると言えるんじゃないか?

 


「なあ旦那。その……最初の自分の意見から手のひら返すようですっごく嫌なんですがね。それを把握してるならむしろ、旦那が、姪っ子さんの脱出の手引きをもっと早くしてやった方が良かったんじゃないですかい?」

「そう簡単な話じゃない。ロナはそんな環境で育ったとはいえ竜族の人間だ。その印に【竜族の誇り】や【竜族の血筋】がしっかりある。……きちんと竜のプライドは持ってるんだ。下手に助けたり、憐れんだりするのは侮辱にあたる」



 じゃあ、今まで俺が彼女にしてきたことって、竜族にとったら余計なことでしかなかったかもしれないのか? 出会った時から、ずっと⁉︎


 いや、それを知ってたとしても助けてしまうだろうな、俺というジェントルマンなら。


 となると今後は……いや、ちがう。ロナははっきりと俺に懐いてる。嫌だと思うならもう少し薄い反応をしてくるはずだ。

 うん、俺達はこのままでよさそう……だな。たぶん?

 


「例えばほら、オレ様やこの街にいる同族が『助けてくれ~ッ』なんて言ってるとこ見たことあるか? ないだろ? 内心、マジで助けて欲しくてもどうしてもそうなっちまうんだよ」

「たしかに……そう考えると厄介だな」

「そういうわけだからコイツが自力で出ようとするのを待っていたんだオレ様は。もどかしかったぜッ」

「ならば、ここに来てから今まで旦那に頼らなかったのも……」

「ああ、帰らされるのを危惧していただけじゃない。竜族のプライドもあるんだろうな」



 そうか……そういうことか。俺がロナへ抱いていた一番の疑問の答え、それまでもがプライドのせいだったというわけか。

 オジサンの言う通り、とことん厄介な特性だな。


 ロナにとって不利益にしかなっていないプライドなど、不要だろうに。竜族の血ってのは彼女自身とは、とことん噛み合わない。



「ただ、この街に来てからに関しては、まだ酒も飲めない小娘なのだから、オレ様を素直に頼っても恥ずべきことじゃなかったぞ。それにオレ様の性格上、あのクソ兄貴に告げ口などするはずもないんだ」

「ご、ごめんなさい……!」

「いや、別に謝ることではない。なんなら無意識に、オレ様を頼らないよう行動をしてしまっていたと考える方が自然だからなッ。貴様は悪くない、竜族とはそういうものなんだ」



 ……さっき、叔父は自分のことを「竜族の中でもマシ」と言っていたが、今思えばそれは、間違いでもないんじゃあないか?


 憐れみだとわかっていても、竜族の性に囚われず、ロナのことをしっかり気にかけてるし、ところどころフォローも入れている。


 そもそも、この店に入って来た時も老婦人に同ギルドの後輩たちが世話になっていると礼を述べていたからな。

 自分より弱い者を本気で遠ざけているなら、そんなことは言わないはずだ。

 

 酷い環境で育って来たのにロナがやさぐれていないのは、やっぱり、《竜星》のおかげなのかもな。






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