第7話 俺達とダンジョン

「地図はここら辺を指してるけど……まさかあれ?」

「ふぁああ……そうとしか考えられないなぁ……」



 ロナは人が入れるくらいの木のウロを指差している。『ダンジョンの地図』が示している場所は間違いなくそこだ。


 ダンジョンは洞窟として生成されるものだとばかり思ってたが、こういうのもダンジョンの入り口となってしまうのか。思い込みは良くないな。

 ……そう、俺と彼女は今からこの目の前にあるダンジョンに突入する。


 俺が『能力の札』という宝具から手に入れた能力は、敵のステータスを自分と互角にできる。これは味方は影響されない。そう、味方に影響されない。これがミソだ。


 つまり俺と互角にした魔物を横からロナが叩く。【究極大器晩成】のせいでステータスがあまり高くないとはいえ、それでも全てが『1』となってしまった俺より格段に強い。


 要するにどんな強い敵が出てきても、俺が居て、ロナがそいつを攻撃するだけでその戦いは終わってしまうというわけだ。理論上ではあるが。つまりこの作戦をでダンジョンを一気にクリアするのが、昨日このクレバーな頭で考えた、お金ガッポガッポ作戦なのである。


 実は俺たち、朝ごはんを食べておらず、街に戻って宿に泊まるための金も無いに等しい。故に早急にまともな金が欲しい。だから『ダンジョンの地図』のバツ印の色を頼りに、深さが浅めで早く終われそうなこのダンジョンを選んだ。もちろん誰も足を踏み入れていない。



「うぁ……よし、いくかぁ……」

「眠たそうだけど、大丈夫? やっぱり机と椅子じゃ寝付きが悪かったよね?」

「いや、いいんだいいんだ。俺は魔物を俺と互角にしていくだけだし。体を張るのはロナなんだから。そんなに気にしなくてもな」

「そう? うん、それじゃあ任せて!」



 ロナは自分の胸に手を当ててそう言った。彼女は昨日からの俺から受けた恩を全力で返すつもりのようだ。……なお、正直なことは言えない。眠れなかったのはロナのせいだなんて。


 間近で聞こえる知り合ったばかりの美少女の寝息、悶える声。風呂上りのしっとりとした肌。はだける布団と寝返りでめくり上がった寝巻きからあらわになる生脚や腹回り、臍。そして可愛い寝顔。


 どれだけ脳内で、俺の俺たる俺が形成した俺の心の紳士という自我を呼び平静を保とうとしただろうか、途中から脳内で『しんし』という単語が崩壊を起こしてしまったほどだ。


 それと同時に年頃の男の前で簡単に眠りこける年頃のこの少女のことが酷く心配にもなった。まあ、俺はとーちゃんに鍛えられたウルトラスーパー紳士で、なおかつ純愛主義者だから万が一にも間違いは起こり得ないが、な。



「じゃあ、入るね」

「ああ」



 そう言ってロナが木のウロに足をかけたその瞬間、魔法陣のようなものが出現し、彼女を飲み込んだ。俺も追いかけるようにその魔法陣に体を滑り込ませる。


 ……中は不可思議そのものだった。木の中に入ったはずなのに、出た場所は土の壁が覆う洞窟のよう。そして灯りも何もないのに不自然に明るい。そうか、これがダンジョン。まさか上京してきて三日目でこんな場所に入り込むとは、一昨日の俺は思っていただろうか。



「噂で聞いた通りの雰囲気だよ」

「入り口がなくなってるけど大丈夫なのか?」

「たぶんこのダンジョンがそういうタイプなんだと思う。外の中を自由に行き来できるのもあれば、このダンジョンみたいに入ったら出られないのもあるんだって」



 それじゃあ、例えば子供とかが間違って出られないタイプのダンジョンに入り込んでしまうことも普通にありうるわけか。それはとてつもなく恐ろしいな。


 まあ、基本的にダンジョンが利益になるのって冒険者などの一部の人間だけで、普通の人にとっては邪魔でしかないしなぁ。



「とりあえず進んでいこ!」

「あ、ああ……」



 ロナが俺の前に立ちどんどん先へ進んでいく。俺という紳士的なサポーターがいるとはいえ、すごい度胸だ。竜族だからだろうか?


 そして、ついにその時が来た。俺たちの進行を阻むように、壁から魔物がヌルリと現れたのだ。それも五匹くらい。



「ゲッ、骸骨に羽が生えてるぜ……きもわる!」

「ただのスカルバードじゃない……スカルクロウ! 本来ならDランクの魔物。本来なら私たちじゃ絶対太刀打ちできないけど……」



 へぇ、魔物についてはよく知らないけどDランクなんだからさぞ凶暴なのだろう。ロナの言う通り、本来なら。


 心配そうに俺の方を振り返るロナにむかって俺は親指を立てた。能力が発動したことが感覚でわかる。間違いなく今目の前にいる気色悪い骸骨共は俺と同じで全てのステータスが『1』になっているはずだ。


 そして、骸骨達は俺とロナを攻撃してこようとせず、見るからにアタフタしはじめた。効いてる証拠だろう、たしかに自分が唐突に急激に弱くなったら誰だって焦る。実体験した俺だからわかる。


 このような精神的な隙も作れる副次効果があると考えると、やはり優秀な能力だといえるな『強制互角』は。



「と、とにかく攻撃してみるね」

「ああ!」

「火炎斬!」



 ロナは力強く飛び上がり、炎を纏った剣で一気に二匹の骨鳥を斬り落とした。

 彼女が今握っている古びた鉄製の剣や、装備している皮の防具は、数年前から鍛錬に使っていたのを故郷からそのまま持ってきたものらしい。


 所属ギルドが決まって金が貯まったらすぐに買い換える予定だったとも、昨日の夜眠りにつく前に話してくれた。それは叶わなかったが。



「す、すごい! 本当にDランクの魔物が私の力でこんな簡単に倒せちゃった……!」

「ああ、一気に俺二人分の魔物を殺すとは。剣筋も立派だったぞ」

「ほ、ほんと……? えへへ……ありがとう!」



 昨日、ロナは昔から落ちこぼれ扱いされてきたと悲しそうに言っていたから、今こうして試しに褒めてみたが、思った以上に嬉しそうな表情を見せてくれた。


 まあ、実を言うと俺に剣の太刀筋の良し悪しとか全然わからないんだけど。褒め続けて自信をもたせた方が、本当に上達も早くなるだろうし悪いことではないだろう。たぶん。


 ロナは今ので勢いがついたのか、残り三匹も一気に同様の要領で倒してしまった。あっという間だ。



「んぁっ⁉︎」

「ど、どうした⁉︎」

「ふぅ。ごめん、変な声出ちゃった。もう大丈夫」 



 ロナが急に色っぽい声を出したと思ったら、すぐに元のなんともない様子に戻った。訳がわからない。



「なにがあった?」

「Dランクの魔物を五匹一気に倒した分、レベルも一気に上がってね。驚いちゃったの」

「なるほどな」



 ロナは驚かせたら色っぽい声が出るのか。覚えておいて損はないだろうか……? とりあえずその話題はそこまでにして、俺たちは一本道だと思われるこのダンジョンを突き進んでいくことにした。










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