◆ ティータイムとソーサ

 ギルド『リブラの天秤』の、その施設を出てから、俺とロナはこの間まで宿泊していた宿の前まで戻ってきた。


 あのギルド内に泊まることになってから荷物は全部引き取ったし、きちんと手順を踏んで後腐れなく退室したため、特にこの宿にまたやってくる意味もなかったんだが、なんとなく二人揃って足がこちらに向いていたんだ。



「なんかここに戻ってきちゃったね」

「ああ……ま、知ってるところに泊まる方が楽だしな」

「たしかにそうだね」



 さっそく中に入り、宿屋の店主のおっちゃんに話しかける。

 特になんの表情を浮かべていたわけでもなかった彼は、俺とロナの顔を見るなり、ホッと胸を撫で下ろしたかのような態度をとった。



「おおお、あなた方ですか。あの《大物狩り》と一悶着あって『リブラの天秤』に匿われているとの話でしたよね? またここに足を運んだということは、無事だったと……! あるいは忘れ物かな?」

「前者の方だ。もうだいたい解決した。今頃奴は獄中だぜ」

「おお、おおお! いやー、それはいい知らせだ! 冒険者ばかり襲うから我々一般人には馴染みは薄いですがね、それでも凶悪犯が捕まってくれたとなると、ひと安心だ」



 宿屋の店主がヤツが捕まったことを知らないとなると、どうやらまだニュースペーパーなどにはなっていないようだ。

 明日あたりに公開されるのかもな。



「となると、ここへはまた宿泊に?」

「はい、そうなんです!」

「なるほど。かしこまりました。では前回までと同じタイプの部屋でよろしいかな?」

「はい!」



 別々の部屋で……と俺が言う前にロナが元気に返答をし、代金を払ってから俺たちはまた二人用の部屋に案内された。


 まあ、ロナがそれでいいって言うなら従うけれどな。

 ギルドでは当たり前だが、ちゃんと別室が手配されたんだぜ? その時に家族や恋人でない男と同じ部屋に泊まってたことに違和感を感じなかったのか?


 あ、でもどっちみち寝るのが別室だっただけで、あの四日間ほとんどずっと俺にひっついて行動してたか。じゃあそんな変わらないのかな。



「では、このお部屋で」

「ありがとうございます」



 店主が居なくなってから、ロナは背中からベッドに軽くダイブした。とてもリラックスしているように見える。



「二人っきりだぁ。落ち着く……」

「そうか」

「うん、ひとりぼっちは嫌だけど、人の目がたくさんあるのも嫌だから……ザンと一緒に居る状態が一番だよ」

「はは、それは嬉しい話だな」



 こ、これ天然っていうか、意識されるのを狙って言ってるわけじゃないんだよな? 

 いや一緒に過ごしてそろそろ一週間だ。だからわかる。口からポロッとでた言葉で間違い無いだろう。

 しかし俺が冷静な紳士じゃなかったら……おお、どうなっていたことやら。



「とりあえず紅茶でも淹れるか? 飲みながら午後はどうするか決めようぜ」

「うん!」



 俺はその場から動かず、引き出しからこの宿のサービスの紅茶セットを取り出して、優雅な一杯を作り始める。

 ティーセットが宙を待って茶を淹れる光景はなかなか面白い。

 そんな様子を見てか、ロナが小首を傾げた。



「あれ? 全部『ソーサ』でやるの?」

「ああ、ちょっと思うことがあってな……こうして常日頃からこの宝具と向き合って、もっとコイツを使いこなせるように、この身体に馴染ませたいんだよ。具体的には同時に操れる数を増やしたいのさ」

「そっか。私は二つ同時操作してる上に両手も使えるんだし、今のままでも十分だとは思うけどな。でもザンがそういうなら頑張ってね!」



 あの時、せめて俺が三つ同時に操れていれば、爆弾で服が爆ぜるなんてこたはなく、ロナに恥ずかしい思いをさせなくて済んだんだ。

 ま、あんな事態はそうそう無いだろうし、焦るつもりもないが、やっぱりちょっとずつでもできることを増やした方が懸命だよな。

 その方が、いざって時に守れるものが増えるんだ。


 おお、なんてジェントルな言葉。自分で自分に惚れそうだぜ。



「できた。手で淹れたわけじゃないから味が変わってるかもしれないな」

「ありがとう、飲んでみるよ」



 ロナは『ソーサ』で操って作った紅茶を一口飲んだ。

 何かを納得したかのように頷いてくれる。



「んー! 今日もいい出来だね、前に飲ませてもらった時と変わらないよ」

「どれ……? おお、そうだな。こんぐらいできるってことは、操作の精度は悪くないみたいだ」

「飲むのも操作してなんだ」

「ああ、試しにな」



 ソーサー敷いてある皿とティーカップ。この両方を浮かせて俺は飲んでいる。

 ……手を使わずに飲むってのはお行儀が悪く見えるな、これ。

 うーん、いくら仲がいいとはいえ、ロナというレディの前でも今後はやめた方がいいだろう。俺のジェントルなイメージのためにも。



「みっともないから今回限りにするぜ」

「そっか。……あ、そうだ、ねぇザン。試しに今のまま私の方の枕を動かしてみなよ。案外できるかもよ? 紅茶の方を落としそうになったら私が掴むからさ」

「そうだな、じゃあやってみるか。いざとなったら頼んだぜ」



 流石に練習を始めてすぐできるわけがないが、まあ、やらないよりは試した方がいいよな。

 俺は提案された通り、ロナの方のベッドにある枕を今の状態のまま浮かせようとしてみた。

 かなりすんなりと、枕が持ち上がった。



「お?」

「今ザンってこれで、何をいくつ操ってることになるの?」

「ティーカップとソーサーと枕……だな。三つだ、え? こんな早くできるもんなのか?」

「おー……すごいなぁ……ザンは」



 訳がわからない……が、もし理由があるとしたら、《大物狩り》と戦っている時かもしれない。

 脳みそが破裂しそうだったが、一応『バイルド』をめいいっぱい巨大化させた状態で操れていた。


 あれは皆んなを守るためにがむしゃらにやったわけだが、つまり、あんな建物並みにデカいモノを操ったんだから、軽いモノを三つ操るくらいはできるようになったってことか?

 

 いや、それとも俺が天才なだけなのかもな? はっはっは!










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