第55話 俺達と数日ぶりのダンジョン

「おー……今までで一番ダンジョンっぽい見た目だね」

「ああ、ようやくな」



 王都を西口から出て、十分ほど東に歩いた先で俺達は今回の目的としたダンジョンに辿り着いた。


 今までは『トレジア』に表示されている中で、青色の印……一番距離が短いものを選んでいたが、今日のやる気に溢れている俺達は、その次の黄色い印で表されたものにしたんだ。


 そんなほどほどの中距離らしいこのダンジョンだが、その入り口が過去一番にそれっぽい見た目をしていた。


 小さな丘のようになっている野原の坂の根元、その一部の地面がポコっとせり出しており、前面には中に入れるような洞窟状の入り口がある、と言った感じだ。


 木のウロとか、地面に空いた穴だとかが入り口だったからこれほどいかにもダンジョンらしいと、ちょっと感動してしまうぜ。



「よーし、よぉーし! 入ろう‼︎」

「気合十分だな!」



 元々、目標がより定まったことで高くなったロナのテンションは、今や最高潮に達していた。

 

 昨日、大金を払って買ったばかりの、新品の自分の鎧に身を包んでいるからだ。

 宝具の剣を携え、宝具のグローブもしっかり装備し、まさに、これこそ理想とでも言うべきな、完璧な女剣士像。

 まぁ、つまり有頂天になっているんだな。

 

 たしかに見てくれはかなり立派だ。

 ベースは私服で、ボロボロの練習用の皮の胸当てに、ほとんど刃のない鍛錬用の鉄の剣でダンジョンに挑んでいた……そんなあの頃が遠い昔のようだぜ。実際は半月も経ってないけど。


 だが……まあ、調子に乗りすぎてしまうと人ってのは失敗しやすい。


 ここはファッショナブルに紳士的な装備を整えられた、クールでクレバーでジェントルでイケメンなこの俺が、気をしっかりと持たないとダメだろう。ふふん。


 と、言うわけで俺達はさっそくダンジョンに足を踏み入れた。

 

 壁は、何やら灰色っぽい岩のような材質でできており、地面は黄色くサラサラとした砂。そしてほんのり、塩とか海藻っぽいにおいがする。

 これはあれだ、磯のかおりってやつか。

 海に行ったことないけど、多分そうだろう。


 相変わらず光源不明のまま辺りは明るくなっているが、なんというか……今回はその光が水中のようにユラユラと揺れているような、そんな気がする。ちょっとロマンチックかもしれない。



「なんとなくだけど……水に関する魔物が出そうだね?」

「ああ、俺もそう思っていたところだ」



 そのまま歩くこと一分程。

 俺たちの目の前にさっそく三匹の魔物が現れた。



 剣の刀身に、そのまま尾びれと背びれがついたような平たく長い魚の魔物……その名もソードウォだ。

 俺が名前を思い浮かべられるなんて初めてじゃないか?


 全長は並みの人間の半分ほど。つまり普通の剣と同じくらいしかないが、たしかランクはD。そこそこ危険な奴だ。

 そして、食える。こいつは食える。

 Dランクで捕獲が一般人には厳しいからそこそこの高級食材だが、食えるんだ。

 まあ、だから知っていたんだがな。



「う、浮いてる……」



 ロナが呆然としながら、そう、口にした。

 たしかに俺たちの前に居るソードウォ達は、水が無いにも関わらず、元気に泳ぎまわっている。


 魚系の魔物は一部を除いて大半が水が無いと酷く衰弱する。

 この事実は魔物についてそんな詳しく無い俺でも知ってるような、世界の常識……のはずなんだがな。

 まさかその一部か?



「えっと、ソードウォだよな? あれ」

「う、うん。そだよ。姿だけなら間違いないよ」

「ソードウォって水中でなく空中でも泳げるっけ」

「いやぁ……聞いたことないよ」



 そんな摩訶不思議なソードウォ達が、こちらに気がついた。

 剣の切先のような顔をこちらに向け、身をくねらせ、今にも飛びかかろうとしてきている。

 ……なんてな。

 そうやって敵意を向けた瞬間から、この紳士の呪いという網に引っかかってるの、さ。



「ま。とにかくだ。もう済んだぜ」

「わかった! 光波斬こうはざんッ!」



 急に弱体化した驚きからか一瞬動きを止めたソードウォ達に、光属性の飛ぶ斬撃が襲いかかる。

 うち二匹が身体が真っ二つになり、一匹は背びれだけ切れる。


 即座にロナは仕留め損なったその一匹の頭を落とし……こうして宙に浮くソードウォは全滅した。

 

 ……さて、本題はここからだな。

 この魚が食えそうなことはロナも分かっているはずだ。



「ね、ね、ザン。ちょっとお願いが……」



 ほら、きた。

 クレバーな予想通りだ。



「いいぜ。その頭を落としたヤツを調理するよ」

「ま、まだ全部言ってないんだけど! ……ほんとに?」

「ああ、こういう時のために野外調理セット付きの冒険者グッズ詰め合わせを買っとんだからな」

「わーい!」



 ロナは両手を上げて子供のように喜んだ。

 ニッコニコだ、ニッコニコ。


 そういえば、俺も彼女と一緒に行動するようになってから……いや、上京してきてから初めての調理か。


 散々、ロナとは食事に関する会話をしてきたが、振る舞うのはこれが最初なんだな。なら、腕によりをかけて作ってやらないと。

 少し早いが小休憩だ。

 ロナという最高に美しいレディのために、紳士的に最高にうまい一品を、さあ!


 ……でも待てよ? こいつ、浮いてたから正確には普通のソードウォじゃないんだよな? 

 本当に食べても大丈夫なのか?



「あー。ロナ、ちょっと待ってくれ。やっぱりよく考えたら宙に浮くソードウォって毒とかないか……?」

「あ、なら調べてみるよ。……どれどれ、クンクン」



 頭のないソードウォを持ち上げ、ニオイを嗅ぎ始めるロナ。

 そういや、『食料見分』っていう能力があるんだったな。


 ロナが食材を見極め、俺が調理する、か。

 やっぱり俺たち、コンビとしてかなり相性いいかもしれない……。



「おっけッ! なんの問題ないよ!」



 親指と人差し指で輪っかを作りながら、ロナは元気にそう報告してきた。



「はは、そうか」



 よーし。

 じゃ、いっちょ作るか。








=====



この世界の魚のモチーフの一部を紹介します。


スーリー・マー → サンマ

ジャックウォ → 弱魚 → いわし

ソードウォ → 剣魚 → 太刀魚たちうお

キングサーモン → キングサーモン


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