◆ ザンの一日 昼編 ①

 午前九時半。


 家中の掃除含む家事全般を超スピーディかつパーフェクトに終わらせたこのジェントルマンは、趣味の一つであるガーデニングをするため庭に出た。


 この家に越してきてからまだ二週間半ほどなので、当然ながら植えた植物たちはまだまだ育っている最中であり、自家製の紅茶などを嗜めるのは先のことになるだろう。


 ただ、今でも十分すぎるほど楽しいんだ、これが。

 毎日世話をしてやって、少しずつ成長していくその様は、まさに生命の神秘。とても美しい。


 ちなみに庭いじりにも『ソーサ』が大活躍する。

 この宝具を扱うトレーニングもまだまだ継続さ。



「あら! ザン君、おはよう!」

「ああ、ごきげんようマダム。今日も眩しい、いい笑顔だ」

「やだぁ、もぉー! 相変わらずお上手なんだからー」



 お隣に住むシャーリー家のご婦人も庭に出ていたようだ。

 彼女も花壇をイジるのが趣味らしく、かなりの頻度で出会う。こうして低めの塀越しに談笑をよく交えるため、もうすっかり友達さ。


 親しいのは彼女だけじゃない。ご近所付き合いってのは大事だからな、ここら一体のご近所さんとは既にそこそこ仲良くなっているのさ。


 まあ、聞く話によればどうやら都会は田舎ほど近所同士の親交ってのは重視されてないみたいだけど……少なくとも俺は、新参者ではあるが良くしてもらってると思うぜ。



「あ、そうそう! 昨日ね、大葉が大量に取れたんだけどさ、ザン君いるかしらん?」

「おや、そいつはありがたい。ぜひ、いただこうかな……あー、それなら俺もお裾分けしたいものがあるんだ、良かったら受け取ってくれないかマダム」

「あらあら、いいわねー。交換会!」

「じゃあ準備するから、しばしお待ちを」



 本当は何か分けるつもりはなかったが、ま、これこそご近所付き合いの醍醐味だろう。

 俺は家の中に戻って、既に昨日処理しておいたファイヤーバードの肉を、より他人に渡す用として丁寧に処理し直し、包んで外に持ち出した。



「お待たせマダム」

「わざわざ悪いねぇ、はいこれ大葉」

「ありがとう! じゃ、こちらからはコレを」

「おや、なんだい? この肉は」

「フレイムバード、鳥肉さ。一匹分包んだ。昨日、ダンジョンで大量に出てきてね」

「フリーのダンジョン攻略家だっけかい、そういえば。若いのにすごいねぇ! しかしフレイムバード……たしかこれ普通に買ったらかなりお高いわよねぇ?  いいのかい?」

「いいのさ、本当にたくさん居たから」

「じゃ、ありがたく貰おうかしらね。えーっと、どういう食べ方がいいんだっけ?」



 フレイムバードは名前の通り火属性の魔物だからか体温が非常に高く、そのため鳥肉にも関わらず半生で扱うことが可能。

 大葉があるのなら、オリーブオイルや白胡麻等の調味料と共に半生で和えて極東風わふうカルパッチョを作るのが良い、と伝えた。



「……とはいえ、ミディアム程度には火を通した方が賢明だろうぜ」

「すごいね、パッとレシピが出てくるもんなんだねぇ」

「ははは、昔ちょっと食品に関わる仕事もしてたもんだから、料理は得意なのさ。ぜひお試しあれ」

「そうさせてもらおうかしらね! あ、そうそう。それはそうと──── 」



 そこからシャーリー家ご婦人による世間話が始まった。

 本来、彼女は長話をするタイプなんだろうが……この手のマダムは俺の故郷にも居たため、不快感を招くことなく、話を打ち切る術を俺はジェントルに心得ている。

 なんとか今回は十分くらいで脱出できた。


 それから『ソーサ』のおかげで三十分程度でガーデニングも終わり。用具を片付け、正午のお出かけ (ロナとのデート)のために準備をしようとした時、門前から誰かがウチを覗いていることに気がつく。


 普通なら人の家を覗くってのは不審的な行為でしかないんだが、この家が元々はあの《竜星》のものとなれば話は別だ。

 後釜としてどんな人間が住んでるか知りたくて、ついつい足を止めてしまったって人が少なくない。


 その好奇心はヒトとしてわからなくもないからな、覗きに気がついた時は温和であることを努めて優しく声をかけているのさ。


 まあ、これがロナの痴態目当ての意味のノゾキなら絶対に許しはしないが……こんな人通りのある時間に来てる時点で違うだろう。

 とりあえず今回もいつも通り対応しよう。



「やぁ、ようこそジェントルメン。どのようなご用件かな?」

「おおっとと、申し訳ない。ずっと半空き家だったあの《竜星》の拠点の一つに身内が住み始めたと聞いていたもので、気になって思わず。……って、おや? ザンさんじゃありませんか!」

「そういうアンタは店主じゃないか!」



 まさかまさか、今回の客は黄色い屋根の店の店主だったか。

 俺が居るとは知らずに知り合いが来るのはこれで三度目になるな。前の二度は『リブラの天秤』に所属してる顔見知りの冒険者だ。


 しかしなんとも都合がいいな、今日か明日にはこの店主の店を訪れる予定だったんだ。

 


「となると、なるほど。実はロナさんが《竜星》の親戚であって、色々あって家を譲ってもらったと言ったところですかな?」

「相変わらず鋭いな。満点ではないが、おおむねそんな感じさ。どうだろう、せっかく来たんだ。中で茶でも? ちょうど店主に相談したい話もあったしな」

「おお、そういうことでしたら是非」


 

 ──── というわけで、午前十時四十分を少し過ぎ。


 俺は黄色い屋根の店の店主を客として屋内に迎え入れた。

 家に客として誰かを入れる時は、必ず俺の自慢の紅茶とちょっとした茶菓子をお出しすることにしているため、彼にもそれらを振る舞う。


 店主は「いただきます」と言うと、一口紅茶を啜った。

 それから驚いたように目を見開き、俺と紅茶を交互に三度見する。



「これは……! いやはや、驚かされましたなぁ! まさか、これほどのお手前とは」

「ははは、どうも。紅茶淹れは俺の中でも一番と言っていいほどの特技なんだ。お口に合ったのなら何よりさ」

「間違いなく貴族なんかに出しても恥ずかしくない程ですぞ。これをロナさんは毎日飲んでいるのでしょう? 羨ましい限りですな」



 その後、彼とほんの少しだけ紅茶の銘柄について談義を交わしたのち、俺は本題を切り出した。

 前に店を訪れた時から今までに入手した、宝具以外の換金用だと思われるアイテムの査定。これを頼みたかったんだ。

 


「紅宝玉が二つ、青宝玉が四つ、空水晶が三つ。そしてロードフェニックスの羽が七本に、サンダードラゴンの逆鱗。ほほぉ……これまた随分とお宝をザクザクと集めたものですね」



 木の盆の上に乗せたアイテム達を見て、店主はその名称を次々と答えていった。



「いくらになりそうだ?」

「より詳細に見るための器具を店に置いてきているので、ハッキリとした値段では出せませんが……パッと見でだいたい紅宝玉一つ百三十万ベル前後、青宝玉が百十万ベル前後、空水晶が八十万ベル前後、羽も一本五十万ベル、逆鱗が一枚で六百万ベルほどですかな」

「じゃ、合計でだいたい千八百九十万ベル前後になるのか」

「おほっ、早っ⁉︎ えーっと……ふむ、たしかにそうなるようで」



 そこそこの宝具一つ分の売値と同等は得られるってことか。

 中々にいい稼ぎだ。とはいえ、何にかに使うということもなく、普通に貯金に回すんだがな。



「後日、具体的には明後日あたりに店を訪れようと思ってるんだが、その約二千万ベルほどを用意しておいてもらえるだろうか? 全て残らず売却するよ」

「ええ、ええ! もちろんですとも。ザンさんとの取引のおかげで経営がそれはもう上手くいっておりましてな、そのぐらいお安い御用ですとも」

「金額的に安くはないがな」

「それもそうですな!」

「「ははははははははは!」」



 上手く商談がまとまり、男二人でニヤニヤしていたところ。

 地下室から階段を登ってくる足音が聞こえ、運動で疲れたのか息が少し上がり気味の声が近づいてくる。



「はふぅ。ザンー! いるぅ?」

「おう、居るぜロナ。悪いが今はお客さんが来ていてな。対応中だから出かけるまでちょっと時間かかるよ」

「ふほほ、お邪魔しております」

「その声は店主さん! あわわ、わかった! えと、えと……」



 ロナはリビングにチラッと顔を見せると、ぺこりとお辞儀した。

 どうやら既に湯浴びは済ませたようで、出掛け用の服を着ている。よかった、店主の目に彼女のラフな格好が入るってことはなかったぜ。ふぅ。



「い、いらっしゃい! お久しぶりです? あれ、そんなでもないかな? えと、じゃあ私はこれで……。準備してくるねっ」

「ああ」



 ドタバタとしながら彼女は去っていった。

 活動を始めてからそこそこ人付き合いが増えたはずなんだが、人見知りは消えそうにない。

 ま、そういうのは俺が得意だし、ロナは別に無理して治さなくてもいいけどな。



「……ほう、もしやデートですかな?」

「ま、そんなところさ。向こうはただ出掛けるだけだと思ってるかもしれないがな」

「いいですな、若く瑞々しい恋というのは! いやはや、ひと目見た時からお二人は実にお似合いだと思っておりましたよ?」

「よせやい。そのセリフを言われるにはまだ早いぜ」



 それから店主は程なくして、「これ以上居ると若者の恋路の邪魔になりますな」とか言いつつ、ニヤっとした表情を浮かべて帰っていった。

 人の恋沙汰を眺めるのは楽しいもんな、気持ちはわかるぜ。

 ……さて、俺もバッチリお洒落にロナとのお出掛けの準備をするかな。

 

 

 

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