第101話 俺達と燃え盛る焚き火
「……おわっ⁉︎」
「わっ!」
隠し部屋に辿り着いたその瞬間、俺は『バイルド』から滑り落ちた。
……この盾は前面の中央に大きなトゲの装飾が付いており、そのせいでそちらを底にして地面に立てることができない。
だからといって、後の持ち手側を上にしなければそもそも乗れない。
ゆえに飛行後に地面へ降り立つ時は、足元に気をつけつつ、そーっと盾を傾けて滑り降りる必要があるんだが……。
気がつけば隠し部屋の地面へ放られていたもんだから、うまく制御が効かなかった。
で、こうなったわけだ。
「おふっ……!」
「ご、ごめんザンっ!」
同時に滑り落ちてきたロナが、俺の上にかぶさる。
しかし、逆に俺がレディに乗らずに済んだだけでなく、こうしてクッション代わりになれたんだから、紳士としては何も問題はない。
「な、なに……気にするなよ。平気さ。むしろ操作が途切れたのを謝んなきゃな。飛行方法に改善の余地がありそうだ」
「そ、そっか。大丈夫なら良かったよ……?」
俺は『バイルド』をもとの大きさに戻しつつ、今回の隠し部屋を観察する。
今までは、月夜の原っぱだとか、崖の下、水の中といった自然的な風景だったが……。
今回はボロくはあるものの、石畳の床や石の柱、大きな焚き火とその奥にある謎のオブジェといった人工的なものが目立つ。
ただ、こんな場所はまず日常で見かけない。
たしか、こういった場所はなんだったかな。えーっと……そうだ、祭壇や神殿と言ったか? 歴史の本の挿絵でチラッと見た限りだが、たぶんそれだろう。
遥か昔、まだ『神』という存在が一般的に信じられ、信仰されていた時代のものだったはずだ。
現代ではその文化は
が、その団体ってのは問題のあるとこばっかのようで……まあ、それをダンジョンで気にしても仕方ないか。
どんな風景の場所であろうと、ダンジョンの中なら戦場に変わりないからな。
それにしても、そろそろボスが出てきていい頃合いのはずだ。
……と、口に出そうとしたその時。
ここから離れた場所にある、謎のオブジェの前の大きな焚き火が、唐突に激しく燃え盛り始めた。
「ボスが来そうだな、気を引き締めていこう」
「うんっ」
そして、その光の粒は段々とオブジェの上に溜まっていき、何かを形成していっていた。
程なくして、目測でヒト一人を
なんと表現したらいいか分からない破裂音を発しながら、散らばるように消え去ってしまった。
人影を一つ残して。
「う、そ……だろ……」
「そんな……」
その"レディ"を見た瞬間、俺は息を呑む他になかった。
絶世の美女、そう形容するしかないほど魅力的な顔立ちと、透き通るような白い肌。
腕に生えた美しく煌めく紅い翼は、同じ色の召し物と同化し違和感を感じさせず……。
魔物であると判断できる部位は、鳥のような足先のみ。
それでいて彼女から感じる威圧や恐怖感、そして唯ならぬ雰囲気は明らかに人のそれを超越していた。
そんな……ほぼ人間、そう言って差し支えないハーピィが俺らの前に現れたんだ。
さて。
なによりまずは、深く反省すべきじゃないだろうか。
ダンジョン内の魔物の一部にハーピィ達が出てきた時点で、ボスとして彼女らの上位種が出現することはクールになれば予測できたことだろう。
あのデカいフェニックスを倒したら、それを察してさっさと出ていくべきだったんだ。
はは、俺という紳士的なバカは女性を攻撃できない。
敵意を向けることもできない。傷つけることも、そうなるのを放っておくこともできない。
半分は鳥の面影がある普通のハーピィにすらそれらは適用されるというのに……こんな、こんなどうみたって立派な美貌を持つレディには
俺からは彼女に何かするということができない……。
「なんじゃ、この
ふわりと優雅に地面へ降り立った彼女は、それと同時に、人の言葉をこれ以上ないほど
やはり、普通の隠し部屋のボスとは一味違うのだろうか。
「それに何か子供らしからぬ力があるわけでなく……魔の量は双方、か弱い。まこと、いかにしてここまで来たんじゃ? 特に小僧、何じゃ貴様は」
「お、俺か。……ははは、俺の名前はザン。しがない紳士さ」
「……いや、名を名乗れと言ったわけではない」
おっとと、俺としたことが。
レディにはまず自己紹介から入らなきゃいけない。
そんな紳士的なマナーをこんな時にすら守ってしまうとは、あまりにもジェントルすぎるみたいだ。
ま、彼女が知りたかったのは魔力がほぼ無いことに関してだろうけど……それはまだ話すわけにはいかないしな。
「ありえぬほどの弱者のくせに、この妾の前でふざける余裕があるとは、ますます分からんやつじゃ。そこの娘など震えているだけだというのに」
たしかにロナの反応が何もないなと思いそちらを見ると、彼女は顔を真っ青にして棒立ちになっていた。
ここまで敵に対して怯えているロナは見たことがないぜ。
ハーピィのお姉さんが発している威圧感のせいだろうか。
おそらく、ザスターが初対面の時に俺に発したものと似たような力のようだが……。
やっぱ俺にはそういうのになぜか耐性があるみたいだ。別に、恐さを感じないわけじゃないんだがな。
とりあえずロナのメンタルを急いでケアしてやりたいところだが、正直、今はハーピィのお姉さんから目を離すことができない。
本能でわかる。さっきの自己紹介で今は俺のペースだけれど、一瞬の油断が命取りだ。
「あー、おそらくな。姉さんのような美しいレディとこうしてお会いできたことに俺は浮かれちまってるのかも……しれないぜ?」
とりあえず、そう言ってみた。
ちなみに、二割くらいは本心だぜ。
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