第102話 俺達と命の交渉

「……は?」



 しばらくの沈黙の後、ハーピィのお姉さんの鋭くなった眼が俺を射抜く。しまったな……俺としたことが言葉の選択を誤ってしまったようだ。



「貴様、妾を舐めているな?」

「いや、舐めているわけじゃないさレディ。俺はただ、女性と戦い、傷つけることができない性格でね。会話で穏便おんびんに解決できないかなと思っているだけなんだ」



 これこそが本音で、ここまでの会話の狙いだ。

 普通のハーピィ達と違ってこのレディには話が通じるのなら、停戦の交渉ができるんじゃないかと思った。


 彼女を傷つけず、そしてせめてロナは無傷で帰還させたい。

 とにかく二人のレディの無傷……それに徹したいのさ。



「女だから……か。はっ! それが舐めていると言うのじゃ。よりにもよってこの妾にそれを言うなど、とても救えぬ愚かさ。貴様、妾を誰と心得ている?」

「紅い翼を持ったとても綺麗な女性、かな」



 そう述べると彼女は大きなため息をつき、肩をすくめた。

 高貴な女性に稀に見る喋り方ではあるが、マジで誰かは知らないからな……申し訳ないがそう答えるしかなかったぜ。



「そうか、よく考えれば現世の子供が知る訳もないことだったな。なにせ、妾と会った時点でそれは死を意味する……。生きて帰った者はここ数百年で一人としておらぬ。話が継がれるはずもない」

「そりゃあすごいな」

「ふん……。若きうちに散ることを憂い、冥土の土産に教えてやる。迷宮の主にも『格』がある。妾はその最上位に位置する、神にも等しき存在じゃ」

「つまり、お姉さんはダンジョンのボスの頂点だと?」

「そうじゃな、同格ならば他に六柱おるが」



 緑の骨の剣士はまだしも、今まで倒した人型猪や、空飛ぶサメと同等ってことはないだろうとは思っていたが……な。

 ただでさえ普通より強力な魔物が出やすいダンジョンの中で、さらにそのトップとはおそれ入った。


 しかし、それは中々に困ったぜ。そんな強いレディ相手に俺からは力が使えない状況ってのはこの上なく面倒だ。

 やはりなんとかして説得するしかないな。



「そんな凄い存在なら、尚更さ。やっぱりレディを倒さずに脱出口を用意してもらうことは、どうにかできないものだろうか?」

「無理じゃな。生きて帰りたくば妾と戦え」

「悪いが、それこそ無理だ。さっきの話を聞かされても、俺はレディを傷つけることは絶対にできない。それが俺のポリシーだからさ」



 そう告げると、彼女の表情から凄まじい怒りを感じた。

 が……それは一瞬で終わり、思い直したかのようにほんのわずかに微笑んだ。

 これは、なにか悪戯を考えている顔だ。



「ふふっ……ポリシーか。なるほどのぉ。とにかく、そもそも人間如きが妾に傷ひとつ付けられると思っていること自体が自惚れ以外の何者でもないんじゃぞ?」

「ああ、そうかもな」

「……だが、お主はここまで妾に長話をさせた面白い人間じゃ。無礼を免じ、さらに願いを聞き入れてやらんこともない」

「本当か!」

「ああ、そのかわりと言ってはなんじゃが……。お主をこれから百年ほど拷問にかけ、玩具として楽しませてもらおう。娘は無事に帰してやる。ほれ、女は無事に帰してやるんじゃ。ポリシーのあるお主ならこの条件……飲めるだろう?」

「おお、それは助かるぜ。感謝するよレディ」



 悪い笑顔を浮かべるから、どんな話になるのかと思えば……これはむしろ好都合。とても良い話だ。

 最終的には俺が考えていたこと全部が叶う。まあ……思わず食い気味に答えたせいでこれを提案した本人は目を丸くしているが。



「そ、即答じゃと? もうちょっとこう、考えたり悩んだりせんのか。言っておくが、死ぬよりきつい地獄が待っておるんじゃぞ? それをあさっさりと受け入れるほど妾と争いたくないと?」

「それが最善だからな」

「うーむ、たしかにその信念は本物のようじゃな……」

「ははは ──── うおっ⁉︎」



 いきなり俺の身体が激しく揺らぎ、倒される。

 程なくして、俺はロナに押し倒されたと理解できた。


 未だに身体が震え続けている彼女は、それでも、俺を離さないようにかなり強い力で抱きしめてくる。そして、泣いている。


 この熱い抱擁を喜こんでいる場合ではなさそうだ。

 あー、これはやっちまったな……。



「……あ、あはは。あー……大胆だな、お姉さんの目の前だぜ?」

「む、むむ、無理しないでって言った……わ、私、前に言った……! 変な無茶しないでって……!」



 たしかに、ロナから見れば今の俺はその約束をノットジェントルに破ったことになる。

 普段は決して約束は忘れないが、今はどう二人を傷つけないか考えるのに夢中でそこまで頭が回らなかったぜ。

 紳士としたことが……未熟だったで済む話じゃないな。



「なあ、ロナ。実は──── 」

「あ、あの……わ、わ……わ、私が同じ条件で代わる……かわります! だから、だからザンだけは……!」



 俺が真実を述べる前に、ロナは、大きな声でそう叫ぶ。

 俺だってロナに無理はしないでほしいと同じ日に言ったんだが……な。ま、俺と彼女は結構な似た者同士ってことか。


 一方で、ハーピィのお姉さんはスッと真顔になる。

 その感情は……言うならば興醒きょうざめしたって感じか。



「……はぁ。残念ながらそういう茶番劇ドラマはここで何度か見てきて飽きておる。結局、絆を見せびらかしたいだけなら、このままお主らをまとめて消し炭にするぞ」



 そう言うや否や、俺とロナがハグし合っているその場所の真上に、とてつもなく大きく膨大な力を感じる魔法陣が展開された。

 直感が、これを食らったら骨も残らないと告げている……!


『強制互角』が発動したようなので、もう消えたがな。


 咄嗟に思いついた作戦は失敗に終わったようだ。


 俺の力は敵意を向けられる。

 つまり攻撃を食らう寸前にも発揮する。だから拷問という条件をすんなり受け入れたんだ。


 最初から挑発して攻撃させればいい話ではあるが、そうするとお姉さんは弱体化しても臨戦体制に入ったままとなり、俺の『傷つけたくない』と言う願いが叶いにくくなると考えた。

 そもそも紳士的にはレディを挑発なんてできないしな。


 故にある程度、話を聞き入れてくれそうな精神状態を保たせて攻撃してもらう必要があったんだ。


 向こうから拷問を提案してきた時はうまくいくかなーって思ったんだが、マジでロナの性格を計算に入れ忘れてた。

 で、こうして一番大事な人の気持ちを傷つけ、泣かせたんだから……不覚と言う他にないよな。カッコ悪いぜ。



「な……⁉︎ ま、魔法陣がなんの前兆もなく消されたじゃと……!」

「え? あっ、ザン……!」

「本当に悪いなレディ。……傷をつけられるってのは、ハッタリでも自惚れでもないんだ」



 やれやれ。

 とはいえ、結果的にはこうしてお姉さんの無力化には成功したわけだし……今からでもしっかりと話し合わなきゃな。


 


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