第4話 俺の事情

「おいひい、おいひいよ……!」

「ハハハ、ヨカッタネー」



 竜族の女の子が大粒の涙を流しながら店の肉料理を頬張ほおばっている。美少女の嬉し涙とは美しいものだ。とーちゃんも褒めてくれるだろう。


 ああ、でも俺の心も泣いている。なぜなら今彼女が食べている分でお財布のお金が底を尽いたからだ。


 大皿のトマトスープにバゲット三本、パンプキンパイ丸ごとワンホール、蒸し鶏丸二羽分、そして最後にこの厚焼き巨大ローストビーフ……。


 三日も何も食べていない竜族の腹を満たす。つまりこういうことになる。覚悟はできていたつもりだが、いざ積まれていく皿を見るとその覚悟もへし折れる。



「ぁあ……ゴメンネー、そのお皿でオレのお財布の中のお金ナイナイダヨー」

「んくっ。ぷはぁ……! ありがとう、大丈夫! 腹八分まで行ったから!」

「ソッカー」



 満足気に口を拭う竜の少女。そこだけみると非常に可愛らしい。

 ……ん? 今の俺って可愛い女の子と食事デートしてたってことか? お財布の中身のことばかり考えずにもっとそれを堪能しとけばよかった。俺としたことが、少し後悔。



「でもどうしてそこまで親切にしてくれるの? 私、まだ貴方の名前も知らないよ?」

「ふっ。とーちゃ……父がな、口癖のようにいうんだよ。『女性と作物には優しくしろ』ってな」

「かっこいいこと言うお父様だねっ!」

「ウン」



 できれば俺自身をかっこいいと……。いや、とーちゃんがかっこいいのは本当だしいいんだけど。


 竜族の少女は水もしっかりと飲み干してから、意味あり気に俺のことをジッと見つめてくる。ああ、やっぱりなんと美し……顎の下と右頬にソースついてるなぁ。



「ねぇ、ひとつ聞いてもいいかな?」

「ソース……」

「え?」

「いや、顎と頬にソース」

「あ、ほんと⁉︎ 恥ずかしい……」

「頬は逆よ」

「え、えへへ……。あ、で、でね? ……聞きたいことがあるの」

「どうぞ、なんでも」



 彼女の表情は真剣そのものになった。どうやらだいぶ深刻な質問らしい。深呼吸をしながらゆっくりと言葉を紡いでくる。



「ねぇ、なんでそんな悲しそうな目をしているの? 空腹だった私よりも生気がない。まるで死んだ魚のような……こ、これから、自分で死を選ぶんじゃないかってほどの……!」

「ソンナコトナイヨー」

「あるよ! 口は笑ってるけど目が……」

「……どうしても気になるなら、これを見ればわかるさ」



 隠す必要もないので俺は彼女に作ったばかりのステータスカードを見せた。まあ、俺の心を蝕んでるのは呪いのことだけじゃなく、今すっからかんになった財布も絡んでるのだが、口には出すまい。


 俺のステータスを見た彼女は、あのギルドの人たちと同じように驚愕きょうがくした。まるで信じられないものでも見ているようだ。俺だって信じたくはない。


 ステータスカードは調べたい文字を上から指でなぞれば、それについての詳細を脳内で理解することができる。どういう理屈かはしらないが。彼女も驚きのあまり目をぱっちりと見開いたままで俺にかかっている呪いをなぞって調べ始めた。


 俺は散歩を始める前に自分にかかった呪いについて一通り把握しておいてある。ギルドを出る前は呪いだらけのステータスに絶望していたが、宿へ戻る途中でもしかしたら本当は冒険者が続けられるような大したことない呪いばかりなのではないのかと思い立ち、その場で調べたのだ。


 だが、そんな都合のいいことはなかった。むしろ、考えうる限り最悪の結果だった。現実は甘くない。激辛だ。


 まず、最初に俺に入り込んだ【不成長の呪い】。これはこの呪いを得て以降、ステータスの能力値が一切成長しなくなるというものだった。


 そしてその次の【最弱の呪い】。これはレベルが1になり、魔力の残量も含めたステータスの数値が至上最低値で完全に固定されるというものだった。

 つまり俺はこの二つの呪いのせいで、永遠にレベル1、ステータスは最弱のままの存在となったのだ。この時点で冒険者をやるなんて夢のまた夢だ。

 ……いや、ダンジョン以外にも魔物が蔓延るこの世の中。もしかしたら普通に生きることすら難しいかもしれない。


 加えて、【無魔法の呪い】と【無闘むとうの呪い】。これらは似たようなもので、前者が魔法を一切覚えられなくなるというもの。後者は俺がどれだけ鍛錬しても武器、武術に関する術技と能力を一切覚えられないというもの。どちらも悲惨な呪いだが、レベルが上がらない俺にとってはあまり関係ないともいえる。


 最後に【呪い呼びの呪い】。これはダンジョンに行ったら高確率で、出現する宝箱がパンドラの箱になるというもの。この中だったら一番無害だ。


 俺にかかった呪いはこの計五つ。この五つという数が一人が抱えられる呪いの最大量らしい。【呪いの限界】という称号を得てしまったように、俺はもう他の呪いには絶対にかからない。すぐに生死に関わるような呪いがなかっただけマシと考えるべきだろうか。いや、それほどポジティブには流石になれない。


 彼女は言った。目が死んでいる、生きる希望がなさそうに見える、と。つい数時間前まで希望に満ち溢れていた人間がいきなりこうなってしまったらそりゃあ、死んだ目にもなるだろう。



「見たよ、全部。どうしてこんなことに?」

「これはついさっきの話なんだが……」



 俺は先程の出来事を彼女に包み隠さずに話した。誰かにこの苦しい気持ちをぶちまけたかったともいえる。親身になって聴いてくれた竜族の少女は俺の手を優しく握りしめた。



「辛かったんだね。こんなことって……本当にあるんだ」

「ああ」

「それなのに私を助けてくれたの? 余裕なんてないはずなのに」

「ふっ。舐めてもらっては困る。この俺がそれしきのことで人を見捨て、父の教えに背くものか」

「そっか。本当に立派だね! ……じゃあ今度は私のをみてほしいな。恩人の貴方に、私に何があったかを知ってて欲しい」



 そう言って彼女は俺に自分のカードを見せてくれた。こんな麗しいレディとカードの見せ合いっことか……。なんか沈んでる気持ちが明るくなってしまうじゃあないか。へへへ。










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