第86話 最弱vs.最強 前編

「久方ぶりに中に入るな……たしかこっちだ」



 さっき言っていた通り、あまり家として使ってないのだろう。

 建築してからどれくらい経っているかは知らないが、過去を感じさせない新築特有の木材のにおいがする。

 家具もほぼ置いていない。

 

 まあ、どっちかって言うとその方が助かるよな。俺達が好きに内装を決められるわけだし。


 そのまま叔父は二階へ続く階段の裏へ回り込み、壁面にあった謎の魔法陣に手を触れる。そうして階段の下に地下へ続く新たな階段が現れた。


 ふふ。こう言う秘密基地的なのって、めっちゃいいよな。

 紳士的とはまた違う良さだ、少年心がくすぐられるぜ。わかっているじゃないか叔父さんめ。


 そしてその階段を下ると、床が石畳でできた空間に出た。

 いや、空間っていうか廊下だな。部屋への扉がいくつかある。叔父はそのうちの一つを開けた。

 


「む、ここは地下用の湯浴びの部屋か。鍛錬後に汗を流すんだったらここに入るがいいぞッ!」

「ん、わかった!」

「となると、その隣りは地下用の便所か。えー、ならここだなッ? おお、ここだ、ここだ!」



 叔父が開けた別の扉の先には、床に一つの大きめな魔法陣が描かれている、なんとも不可思議な部屋があった。


 彼はその魔法陣の端に片膝をつきながら触れると、その姿勢のままこちらに呼びかけてくる。



「さぁて小僧ッ! 貴様に戦いの場の得手不得手はあるか? オレ様はどこでも構わんからな、希望を言え! 闘技場、林、石造の屋内、砂漠、岩場、水辺。これら六つから選べるぞッ」



 なんだ、環境を自由に選べるのか。

 この魔法陣といい、俺が想像していた訓練室とまるで違うな。少なくとも田舎にそんなもんはなかった。


 しかし、これから戦う、どういった能力を持つか分からない相手に場所を選ばせるとはな。

 いかにも最強の存在らしい姿勢じゃないか、そういうの嫌いじゃないぜ。


 とはいえ俺も今のところ、特にコレといった得意な環境はないからな。ここは仕合として一番サマになりそうな場所でいいか。



「なら、闘技場で頼むぜ」

「いいだろうッ」



 叔父がそう返事をすると、同時に床の魔法陣が輝きだし、そのド真ん中に光の塊が出現した。


 ……なんか見覚えがある。

 どうやらロナもそう感じたようで、彼女はその答えを言葉にした。



「なんだか、ダンジョンの隠し部屋の入り口みたいだね」

「おッ、わかるかロナッ! そうだ、それを参考に作られているらしいぞ! あの中に飛び込めば、空間が一から創造される。出たらその空間は消える。故に中でどれだけ暴れても大丈夫なのだッ!」



 なんだそれ、宝具レベルのことをやってるじゃないか。

 たしかにそんなものを備え付けるとなると、数千万の費用がかかるのも当然だな。



「なんでも、大量の時空間魔法の使い手に、ある特定の宝具の効果を組み合わせないと作れないらしくてな、知り合いが……っと、いかんな。長話してしまうところだった。フハハハハハッ! それにしてもロナの発言の通りなら、貴様らは隠し部屋の主も討伐したことがあるのだな……! これは期待できそうだ! なおさらワクワクが止まらん! では、準備が出来次第ついてこいッ!」


 

 よりテンションが上がった様子で《竜星》は光の塊の中に足を踏み入れ、姿を消した。

 俺は言われた通り装備をきちんと済ませてから、ロナと共にその後を追う。

 

 ……移動したその先は、本の挿絵か何かで見たことがあるような、まさしく円形の闘技場そのものだった。

 観客席に人は居ないが、今にも歓声や熱狂が轟いてきそうな気さえしてくる。


 宝具も使ってるとは言え、魔法でこんなもん作れるってやばいな。

 俺、冒険者の雑誌より先にこういうの見てたら、魔法の研究家を目指していたかも知れない。



「叔父さん、もう向こうに居るみたい」

「そのようだな」



 ここから反対側の入場口に叔父さんがスタンバイしている。

 まだ中心部に居ないのに、立ち姿がすごい様になってるな……。かなりカッコいいぜ、正直言うと。



「ザ、ザン! 私、応援してるからねっ」

「はは、ありがとな。ロナのような絶世の美女に応援してもらえるんだ……本来の実力の百倍は出せるかもしれない」



 というか、たった今から出す気になった。

 なんと可愛らしくて嬉しい応援なのだろうか……!


 このロナの応援のお陰で、やる気も勇気も元気も、実際に百倍増しになったぜ。

 それはもう張り切ってやろうじゃあないの。



「うぅ……! こ、こういう時までそーゆーこと言う余裕あるんだね。そ、それなら本当にあの叔父さんに勝てちゃうかも……!」

「むしろ、俺の力を使っても勝てる可能性の方が低くいのか?」

「うん」



 ロナは躊躇う様子もなく、俺の言葉にはっきりと肯定し、はっきりと頷いた。

 応援に浮かれたその次の瞬間にそうズバッと言われるとクルものがあるな。

 

 ま……まあいい。うん、わかっていたことだ。

 そうでなきゃ、あの人が最強なんて呼ばれないだろう?


 ……よし、そろそろ入場するか。


 

「……ロナ、向こうの階段から観客席に上がれそうだ。そこから見守っててくれ」

「う、うん……あ、あの、死にそうになるようなことだけは……!」

「わかってる、大丈夫だ」



 観客席へ向かうロナの後ろ姿を確認してから、俺は一歩前に出る。


 ……それにしても、この会場は晴れ晴れとしているな。

 いい天気だ。作り物だと分かっていても、晴れってのは気分がいいものなんだな。


 俺はそのまま進み続けて、床に引かれた目標めじるしらしき線の前で足を止める。

 

 それを確認した《竜星》は腰から巨大な剣を取り出すと、満足気な様子でそれを肩に当てながら、反対側の同じ印の前に着く。



「ハッハハハハッ、ハーッハハハハッ! いいッ! いいなァ、やっぱ。ケンカってのは! グッと心にくるもんがあるッ! 貴様もそう思わないか」

「ま、そうだな。気持ちが高揚してるっていうのなら、俺もそこそこ同じさ」

「いいッ! いいぞッ! それでいいッ!」



 ロナの真紅とは相反するような、蒼い髪に蒼いヒレ。


 携ているのは岩のような歪な形の刀身と、碧い刃を持つ巨大な剣。


 金色の眼から発せられるのは、死を思わせる程の威圧感。


 そんな特徴を持つ伝説を生きる人が今、俺に向かって刃を向ける。

 

 世界最強の一角にして、竜族最強の男。

 《竜星》ザスター・ドルセウス。

 

 ……対している俺という呪われし最弱の紳士は、気合いを入れ直すため、深く愛帽をかぶり直した。



「じゃ、やるかッ」

「ああ……」



 こうして、最弱と最強の闘いが始まった。







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