第47話 紳士 vs. 大物狩り 中編
「な……やば……!」
ハンマーが迫っていることに気がついた《大物狩り》は、射られた脚を気にかけることをやめ、慌てて
構えられた盾は明らかに宝具だ。
混乱しつつも、痛みを気にせず対応し始めるとは、流石にSランクの冒険者を狩っていただけのことはあるな。
だが……。
「展開せよ、『バリアラル』! お、おや? 『バリアラル』? 『バリ──── 」
呼びかけても答えない宝具。
そういや猪の戦士と戦ってる時もみたな、近い光景を。
そして、元の大きさよりおおよそ三倍にまで膨らんだ、俺の『バイルトン』は、そのまま《大物狩り》の頭部を殴打する。
こんなものを人にぶつけるのは初めてだ。
本来、過剰な暴力なんて紳士的じゃないんだが……な。
「ぶへぇっ……!」
踏み潰されたカエルの魔物みたいな声を発しながら、《大物狩り》は二回ほどバウンドして吹っ飛んだ。
「す、すごいのです……! 《大物狩り》を圧倒してる……」
「ぅ……お、オレ達は……ハァハァ……こんなザマなのに、な……はは……」
カカ嬢とリオはそう言ってくれたが、俺は圧倒しているつもりなんてない。
やはりヤツも、本来なら俺なんかより遥かに格が上なんだ。その証拠に俺以外全員戦闘不能にさせられてるからな。
互角にしなければ一撃で殺される、そんな相手。
そんなやつに対して裏をかき、だまし、隙を作り、不意打ちし……おおよそジェントルとは言えない手法を駆使して、ようやく優勢だ。
やれやれ。本当は今もかなり怖くて仕方がないってのに……クールを、強がるのをやめられないってのは、困ったもんだぜ我ながら。
……当の《大物狩り》はピクピクと痙攣しているが、どうにも諦めていない様子だ。再び、懐に手を伸ばして何かを取り出そうとしている。
とはいえ、こちらに時間的余裕ができたのもまた事実だ。
「とりあえず素顔を確認するぜ。皆も確認たのむ」
「あ、あ……」
「りょう、かい」
注意をうながしつつ、俺は『ソーサ』でヤツの真っ黒なフード付きローブを操り、その身体から無理やりひっぺがしてやった。
「ぅあ……っ」
白い髪を持つ頭部。
そこから伸びているのは二本の曲線状の立派な ツノ。
細い目の奥底に見える、四角い瞳孔。
世間を騒がせている《大物狩り》の正体は、
……ひとまずよかった。
身長的と体格的に男性であることは一応わかってたが、女性だったら俺は首をくくってたところだったぜ。
仮に敵であれ、レディを傷つけるのは最も恥ずべき行為だからな。俺の中では。
で、だ。
俺はこの山羊族に見覚えがあるんだな、これが。
いや俺だけじゃない。
「……ドロシア嬢、見覚えあるよな?」
「う……う、ん……」
「お、俺もだ! ハァハァ……その男は昨日……わ、我らの……!」
「無理して喋らなくて良いぜ、言いたいことはわかってる」
建物の屋根に犬族の少女が宙ぶらりんになっていた、昨日の事件。
その少女を救うために、一人の山羊族の男性が『リブラの天秤』まで行ってドロシア嬢に助けを求めた。
彼女が駆けつける前に、その少女は一人のイケメンなジェントルマンが華麗に救ったが……決して、人助けのためにSランクの冒険者を呼ぶというのは悪い判断じゃなかった。
ほとんど言葉を交わしてはいないが、彼を俺は、同じ少女を救おうとしたジェントルマンとして評価していたんだがな……。
「すぅ……はぁ……」
やばいな、半端じゃない怒りが込み上げてくる。
それは俺の判断が裏切られたからでは決してない。
……突然、瞬間的に空中に移動させられたという少女。
……《大物狩り》は瞬間的に移動する手段を持っていた。
マッチポンプってやつだ。
つまり、あの親子を恐怖に陥れたのはコイツだった。
幼いレディをドロシア嬢の釣るためのエサにしたんだ。なんの罪もない、あのレディを。
「………」
俺は『フォルテット』を、倒れているクソ野郎の真上まで持ってきて、突き刺すつもりで垂直に落下させる。
その途中で『フォルテット』自身の効果も使い、四つに分裂。
増えた刃が《大物狩り》を襲う。
「く……!」
だが中身は腐ってても、Sランク相当の実力者。
息絶え絶えながらも地面を転げ回り、『フォルテット』の刃にかけることはできなかった。皮膚はほんの少し裂けたようだが。
生身の俺ならあのハンマーをモロに食らった時点で、頭蓋骨が砕けていてもおかしくない。
それでもまだ動けているのは、全身に影響がある防具を装備しているからだろう。そういう防具自体は別に宝具限定でもなく、一般的に売られているらしいしな。
こうして俺だけが相手をすると、どうしてもそういったステータス以外の要因で直接的にダメージを与えられない……か。
なんとなくわかってはいたが、対人戦ならこうも顕著だとはな。
「っはぁ! ……はぁはぁ」
ここまで耐えたヤツが懐からようやく取り出したのは、一つのポーションだった。
もちろん俺はそれを『ソーサ』で奪おうとしたが、その手で直に掴んでいる分、蓋を開けられる方が早かった。
人を癒す液体が、レディを傷つけようとしたクソ野郎の顔面にバシャバシャとふりかかる。
「……っ。よくも……よくも、やってくれましたね」
山羊族の《大物狩り》は、その四角い眼を大きく広げながら、ゆるりと立ち上がり、手元から離れた槍の代わりにリオの剣である『ブレイブ』を、腰についてる巾着から取り出した。
切先と怒りを、こちらに向けている。
紳士としての憤怒、そしてただの人としての恐怖、その二つが入り混じった冷たくもあたたかくもない汗が、俺の背中を伝ったような気がした。
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今日はずいぶん遅くなりました。申し訳ありません。
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