第33話 俺達と収入

「いらっしゃい。……おや、ザンさん」

「悪い、今は空いてるか? 売却したいものがある」

「ええ、構いませんよ」



 突然の訪問に、黄色い屋根の店の店主は嫌な顔一つせずそう対応してくれた。

 今はどうやら金勘定をしていた最中だったようだ。

 作業机の上に帳簿やら金貨やらが散りばめられている様子が、いかにも商人らしいじゃないか。


 

「……な!? ち、ちょっと待ってください」



 しかし、余裕そうだった態度は何かを目にした瞬間から急に変化、急変した。

 店主は慌てふためくように勢いよく身体を揺らし、汗を垂らし、目を丸くする。目を丸くするおっさんを見ても可愛いとは思えないんだがな。



「おい……?」

「ど、どうされたんですか?」

「ちょっとちょっとちょっと、ちょーっと待ってくださいねぇ」



 カウンターから出てきて、俺達のもとまでやってくる。

 そしてロナの前でしゃがみこむと、彼女の美しい手を取り、それをじーっくりと舐め回すように眺め始めた。



「きゃっ……。え、ええ?」

「すごい、これはすごいですぞ!」



 小太りの息を荒くしたおっさんが、酒の飲めない年齢の少女に顔を近づけ、急にボディタッチをする。

 まあ、その状況だけで考えたら憲兵案件だ。ふんじばって出すとこに出すべきさ。


 しかし、店主が注目しているのはロナではなく、ロナがはめているグローブであることは見て明らか。


 価値のある宝具を見て、商人として衝動が抑えきれなかったってやつだろう。

 商人適正がある人間として気持ちはわかる。



「これは間違いなく、色変えすらしていない新品の『リキオウ』! そうでしょう?」

「そ、そうです」

「まさか実物にお目にかかれるとは。昨日はお持ちでなかったはず。……これを一体どこで?」

「今日クリアしてきたダンジョンから出てきたんだ」

「おや、昨日一つクリアしたばかりでは? まさか連日で?」

「ま、俺と彼女にはそれが可能なのさ」

「そんなことが……いやはや、私はとんでもない方々とお話しできているのやも」



 そう言われたら嫌な気はしない。結局、俺はそうして褒められるのが好きなようだ。


 店主はそれから、やっとロナから身を離し、後ろに数歩下がって俺とロナの様子を全体的に見はじめた。



「ふむ。それに冷静になってみてみたら、『リキオウ』だけでなく、かなりの量の宝具をお持ちのようで。特にその剣はかなりの業物だ。その二つだけで多くの剣士が羨ましがるでしょう」



 おいおい、『リキオウ』と剣って、それロナの装備にしか言及してないじゃないか。

 俺の宝具達だって紳士に相応しい、素敵なものばっかなんだがな。特に帽子とか。

 まあ、たしかに分かりやすく強い宝具はロナに集中してるかもしれないが。



「それでザンさん、本題は昨日のように、宝具以外の宝箱の中の代物を売却しに来た、ということでしょうかね」

「ああ、その通りだ」

「勝手に気持ちが高揚してしまい、中々本題に移れず申し訳ありませんでした。では責任を持って鑑定いたしましょう」



 店主は一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ちょっとご機嫌な様子でカウンター裏に戻った。

 俺とロナは丸椅子スツールに座り、鞄の中から金属の円柱三本と白い水晶を取り出す。


 こいつらは一体どれほどの価値があるのだろう。今の俺じゃ見当もつかないのが、ちょっとだけ悔しい気もする。


 店主は白い手袋をはめた手で、まず、金属の棒のうち一本を手に取った。



「おお、これはまた立派な上級魔石」

「へー、これ魔石だったのか」



 魔石ってのは、名前の通り魔力を含んでいる石のことだ。

 細かくカットしたものをアイテムの中に入れて燃料にされたり、水とあれこれして魔力を抽出し、魔力回復のポーションになったりする。


 普通の魔石なら俺も何度だって見たことがある。

 道具なんかに魔力を割く余裕がない、そんな魔力が少ない一般人にとってこれは、日常生活を送るために必要不可欠なエネルギーなのさ。


 だがこの形状は初めて。いや、そもそも上級とやらだったか?

 まあ、あんな隠され方をしていた銅の宝箱から出てきたんだ、普通のものであるはずがないか。



「ええ、これ一本で凄まじい量の魔力が含まれているといいます。たしか……この王都中の建物の灯りを、一つで丸一日は賄えるほどのものだったはずです。あと、待ちやすい形状をしているので、魔石から直接魔力を取り込むことのできる能力を習得なされている方にとって、重宝する一品と言えますな」



 そんな能力もあるのか。実に面白い。

 もしロナがそれを覚えたら<月光風斬>も[ハドルオン=バイゼン]も、いざという時、躊躇せずに使用できるのだろう。

 いつか習得を試みて欲しいものだな。どうやって覚えるかは知らないけれど。



「そしてこちらは魔導水晶、この水晶が練り込まれて作成されたアイテムは魔力の通りが非常によくなります」

「え? それだけなんですか?」

「いやいや、お嬢さん、これは大変貴重なものなのですよ。ものによっては消費魔力を1にしてしまうことすら可能な、超高級素材なのです」



 ……俺というアイテムに対しては魔力無限なジェントルマンが居るから一瞬パッとしないように思えるが、良く考えたらとんでもないことなんだよな、それって。


 例えば、この水晶が込められたアイテムに、燃料としてさっきの上級魔石を入れたら、それ以降何もしなくても何十年も稼働し続ける装置が出来上がる……なーんてこともあり得るんだろうぜ。


 両方いいものだ。とはいえ、どっちも今の俺たちが持ってても持ち腐れてしまう。

 ここは大人しく、売却してしまうのがいい。



「で、そいつら全部でいくらになる?」

「上級魔石の棒が一つで二百二十万、魔導水晶一つで五百五十万、占めて千二百十万ベルになります」


 

 予想以上だった。エグいな。

 もし全て売却したとなると、俺とロナの共同の貯金は三百六十三万、個人では四百二十三万と五千ベルずつの配分ってことになるか。


 緑の宝石もそうだったが、こういった宝具ですらないアイテムからでも、これだけの収入が得られる……。

 俺たちもその一部だが、ダンジョン攻略で一攫千金を目指す人間が後を絶たないわけだぜ。


 まあ……本来はそうやすやすといかないから、手に入る物品がどれも貴重とみなされるし、一つ踏破するだけでも周りから称賛されるんだろうな。

 

 もし俺が普通のステータスだったら、俺たち二人はいったい何回死んでたんだろう。この考え、クレバーに肝に銘じておかなくては。



「ふぇぇ……⁉︎ またそんなに……!」



 ロナの間の抜けたような、しかし可愛らしい驚きの声が、ちょっと真面目になりすぎていた俺の心に響く。

 癒されたぜ……ま、勝手に深刻になりすぎてもいけないよな。



「はは、確かにすごいよな」

「うん、うん……!」

「でも、今売却すると言ったとしてそれだけの金用意できるのか?」

「それは……正直ギリギリですが、問題ありません。うちは金貸しでもありますし、色んな事態に備えて準備はしているのです。素晴らしいアイテムの仕入れ、このチャンスを商人として逃すのは惜しいですしな! すぐに千二百十万ベル、お出しできますよ」

「じゃあ、頼んだぜ」

「はい!」



 それから店主は商人として俊敏に動き、ややあって、しっかりと千二百十万ベル分の大金貨を俺達に渡してくれた。

 百二十一枚の金ピカの光で、目がシバシバするぜ……。






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