第49話 俺達と決着

 ……迫り来る球体が、やけに遅く見える。


 人が『死』を本気で意識した瞬間はステータスに関わらず時の流れを遅く感じることがある。

 そんな不可思議な内容を、前に本で読んだような気がする。


 つまりそうか、これがそれだ。


 しかし、この瞬間に時間がゆっくり流れるとは運がいい。

 後ろの五人が、せめて軽傷で済む方法を考えつけたぜ。


 いや、考えたなんてクレバーなものじゃないな。爆弾にこの体をぶつけて軌道をズラすだけだし。

 だが、それぐらいなら上に集中しながらでもできるだろう。


 なんにせよ確実に俺は死ぬか。


 どうだろう、今の俺ってちゃんと紳士的なのかな。

 流石の紳士でも死にたくはないな……うん。


 そうこう考えているうちに、爆弾はあと、人一人分の距離しかなくなっている。



「~~っ‼︎」

「~~~~~⁉︎」

「~~~~~~~!」

「~~~~~・~~~~ッ!」



 後ろで複数人の叫ぶ声がする。

 誰がどう何を叫んだかはわからない。


 ただ、それに気がついた瞬間のことだった。

 ついに最初の爆弾が破裂し……空が、弾けた。


 あまりの爆音に耳が悲鳴をあげ、『バイルド』を通し『ソーサ』から伝わってくる莫大な衝撃で、脳が震える。空間も揺れる。


 視界も痛いほど眩い光に遮られつつあったその時。

 まだ目が使えるその一瞬。


 俺は見た。

 赤い髪と尾をなびかせながら、精一杯に手を伸ばし、俺の横を駆け抜けるロナの姿を。


 瞬時に彼女を止めようとした。

 しかし俺の身体は動かず、声も響かない。


 視界はついに何もとらえなくなって ──── 。



◆◆◆



 目が見えるようになった。

 巨核魔導爆弾とやらが爆発してから何秒が経ったのか? おそらく三分以上は経過していないような気がするが。


 空には、大きくなりすぎた円盤だけが浮いており、太陽を遮ってあたりを暗くしていた。

 疲れからか、あんなものを支えているからか、全身が震えて仕方がない。


 ただ生きているということは、巨核魔導爆弾の衝撃自体は防げたのだろう。

 俺はよく頑張ってくれた『バイルド』を、『ソーサ』を通して元の大きさに戻してやった。


 ……まて、まってくれよ。俺が生きているだと?

 どういうことだ。

 それはつまり、小さい方の魔導爆弾が俺には当たらなかったということになって……?


 そうだ、ロナ……彼女は一体どうした? 

 さっき見たあの影は幻じゃなかったんだ、つまり、あの爆弾からロナが俺を庇ったということになる……!



「ロナ……!」



 大事な相棒を探すため、慌てて、よく目を凝らして、前を見た。

 爆発が二つ起きたというのに、驚くほど辺りは静かで、ほとんど以前と代わり映えがしない。

 

 ただ竜族の特徴を持つ少女と、羊族の特徴を持つ男が、共に床に倒れているという点を除いては。



「ロナッ……ロナっ‼︎」



 俺は力の抜け切った身体にムチを打ち、彼女のもとに駆け寄った。

 ロナは、似合っていた私服が弾け、素肌が所々露わになっている。そんな惨状を見て、思わず彼女の身体を抱き上げようとした。


 その時。



「あたた……」



 そう、つぶやきながらロナは自分から身体を起こしたのだった。



「ろ、ロナ……」

「あ、ザン。ザン……だ、大丈夫⁉︎」

「え、あ……いや……」



 ロナは心配そうな表情を浮かべつつ、酷くふらつきながら、軽く立ち上がって俺の肩を掴んだ。

 ただ、数分前に掴まれたその時より、明らかにしっかりと手に力がこもっている。

 

 よく見ると彼女の衣服がボロボロになっていること以外、ほとんど目立った外傷がないようだった。

 

 強いていうなら、簡単な回復魔法や『メディメス』を使えば一発で回復する程度の、小さい擦り傷や火傷、黒い煤埃すすぼこりの付着くらいか。



「大きな傷とかは、ない。……ないね! よかったぁ! よかったよぉ…….ザンがなんともなくって……!」



 それを言いたいのは俺の方だ。

 だが、なんでいえばいいんだろう、言葉がうまく出てこない。


 さっきまでは魔力欠乏による症状のせいでロナの方が上手く喋れてなかったはずなのに、なぜか立場が逆転したようだ。


 とりあえず、俺は彼女を安心させるために、肩に手を置き返した。



「ん、軽くは動けるんだね!」

「い……いやぁ。俺は何がどうなっ……」

「ど、どうしたの⁉︎」



 見てしまった、いや、正しくは気がついてしまった。

 彼女は衣服、主に上半身に身につけていたものが弾け飛んでいるわけで。


 俺の視界に入ったのは、大きく、柔らかな、一切の遮蔽物しゃへいぶつがない、なまのお……おお、おおお、おオオォおおおおォオオオオッ……おっ……! お──── !



「……」

「え、な、なに?」

「……」

「なんで脱いで……?」



 俺はベストやシャツを脱ぎ、それらを即座に素早くスピーディーに無心で紳士的に彼女に被せる。

 ジェントルマン、ああ、ジェントルマン。

 自分でも驚くほど一瞬で冷静が帰ってきてくれた。


 流石は紳士、よくぞ耐え切った。

 


「え、えっと……。 ……? え……あっ……! あ……。わた……わたし……ザン、に……はだ……か? みら……れ。あわ……あわわわわ……あわ……あぅあぅ……⁉」


 

 彼女の心のケアまでは……うん、悪いが今はできそうにない。


 俺とて年頃の少年の心を殺すので精一杯なんだ。


 そしてこのギリギリの冷静さも、本来は今、敵と一戦交えてる最中であるという緊張感からなんとか調達できてるもの。

 平時だったらどうなってたかわからない。


 「ああ……今度、二人揃ってちゃんとした防具を買いに行かないとな……」などと気を逸らすのも兼ねて考えていた、その時だ。


 俺やロナとは別の人間の腕が、ピクリと動いたのが視界に入った。


 《大物狩り》……ヤツも生きてはいるようだ。

 まあ、死なれたら後味悪かったからそれでいいけれど……にしてもヤツはロナと違って本人ごとボロボロ、酷い有様だ。


 こちらから様子をのぞいて見てみると、大きく肩で呼吸しながら、俺と目を合わせてきた。

 そして、口をパクパクさせながら何か呟き始める。



「な、なぜ……なんで、少女が動け? 耐えられ? 爆発……なんで……? 星2つじゃまず……耐えられ……ない、はず……。 なんで……デスか?」

「さあな」



 傷だらけで火傷だらけな山羊族の男は、震える手で巾着に手を伸ばした。


 俺はすっかり元の大きさに戻り『ソーサ』で操りやすくなっている『バイルド』を、ヤツのみぞおちを狙い、死なない程度に空から叩きつける。


 

「か、神……ッ! ゥ……」



 《大物狩り》は、完全に気を失った。

 俺とロナの勝ちだ。……ロナの功績多めでな。








=====



まただいぶ遅くなりました、申し訳ありません……。


そういえば、本作は『たいあっぷオープニングコンテスト』という投票制のコンテストに参加していたのですが、それも今日が投票最終日なんですよね!


そのコンテストのために、打ち切りにしていた本作の続きを書き始め、元々20話強だっだものが50話近くにまでなったのですから、感慨深いものです。


そのコンテストの方には挿絵までついててロナやザンの姿がばっちり描かれていますから、もし余裕がある方は『たいあっぷ』というサイトから本作の題名を検索し、閲覧してみてくださいね!

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