第25話 俺達と猪の戦士

 ゆっくりと光によってボヤけた視界が晴れてゆき、今回の隠し部屋がどのようなものかを俺達は知ることとなった。

 夕焼けのように美しい……わけではない、変な気分になる赤い空。周囲は断崖絶壁に囲まれており、まるで崖の下に居るかのような地形。そして、その岩やら地面やらは全て何かの乾燥しきった肉のようなも色合いをしていた。不思議と脈打っているようにも感じる。



「ちょっと不気味だね……」

「ああ」



 長居したら体調が悪くなりそうだ。緑の骸骨の月明かりの舞台のような、紳士的でエレガントな場所とは正反対といえる。

 そのままあたりを見回していると、やがて一つの巨大な影が視界に入った。



「おっと、お出ましのようだな」

「う、うん。あれがこのダンジョンの本当の主……!」



 その怪物は絶壁の上から飛び降りてきた。


 黒い毛むくじゃらの下半身に、猪の前脚と同じ形状の二本の足。


 マゼンタ色の皮膚に、人間の形をした筋骨隆々の胴体。

 

 丸太以上の太さ、肩から爪先まである長さ、ビキビキと波打つように血管が浮き出た、異形の両腕。


 首より上はまるで猪の頭の形に合わせて作られたような鉄仮面が被せられており、そこから紅い毛、真っ直ぐで大きい牙、白く長い髭といったものが見える。


 装備品は片口の戦槌ウォーハンマー、そして肘と肩にのみ付いている当て物達。全て黒い金属を基に、白い三角錐の突起と紅い稲妻のような模様があしらわれている。


 ……そんな猪の戦士は、巨大なハンマーを片手にたずさえ、悠然ゆうぜんとした構えを取り、俺たちのことを見下ろした。



「餓鬼……カ。コノ儂ガ瞬デ葬ッテヤロウゾ」



 おお。カタコトだがこいつも喋れるようだ。ただ正直、ガイコツみたいに終始喋らなかった方がボスとして威厳があったと個人的には思うが……まあ、いいか。



「ザン、どう?」



 ロナは少し不安そうな表情で俺のことを見つめた。何を聞きたいかは分かる。もうこの紳士の仕事は済んでいるぜ、スピーディにな。



「ま、終わったも同然さ」

「そっか!」

「フン、世迷言ヲ。貴様ラノ様ナ不真面目な餓鬼ハ、儂ノ渾身コンシン一ツデシマイトシヨウ。サァ、肥大化セヨ『バイルトン』‼︎」


 

 勢いよく天に掲げられ、轟々しく名前を呼ばれたハンマー。だが、なんの反応も示さない。猪人間の声だけが虚しくこの崖下に響き渡る。

 そのハンマーがなんの効果を持っているか分からないが、『2』以上の魔力がないと使えない代物なんだろう。



「……アレ?」

「あーあ、故障じゃないか?」

「ソッ……ソンナ訳アルカ! 宝具ダゾ‼︎ グヌヌ……何カシタナ、コノ、クソ餓鬼メ‼︎」



 猪の戦士はハンマーを大きく振りかぶり、俺に向かって投擲してきた。こんなものを勢いよく投げられるとは、弱体化してもその肥大した筋肉は健在か。見せ物ではなかったんだな。

 ロナはまた、俺の前に庇うように立ち塞がった。



「ザンは私が……!」

「いや、問題ないさ。俺一人で対処できる。それよりロナは俺から離れてあいつを倒せる準備をしてくれ」

「……そ、そうなの? うん、わかった。でも無理しちゃヤだからね」

「その点も含めて、問題ないさ」



 ロナが俺の前からいなくなり、そのままハンマーがこちらに迫ってくる。……すごい迫力、正直こわい。が、紳士な俺はそんな素振りを見せないようにし、手を前に突き出してそれを掴み取る様な仕草を取る。


 そして、指輪の力により徐々にハンマーを減速させつつ、やがてその手で安全にキャッチした。上手くいったなら、片手で軽々とキャッチしてしまったかの様に側からは見えていたはずだ。



「ナ、ナニィ⁉︎」

「ザンってステータス無くても力持ちだったんだ……!」

「あ、ああ。まあな。紳士だからな」


 

 実際は今も操りを解除せず、浮かせたまま手を添えてるだけだ。それにしても指輪越しに伝わってくる重さが、かなりずっしりとしている。素の力で持ち上げるなんて絶対無理だな。

 ……とはいえ宝具だって言ってたし、このまま頂戴するか。



「いらないなら貰うぜ。これ」

「……ナルホド、道具ノ扱イヲ極メシ能力ヲ持ッテイルヨウダナ。ソノチカラデ先程ハ、我ガ戦槌ヲ使エナクシタノダロウ?」

「……う、うん。ま、そんなところだ」

「タシカニ厄介ダガ、シカシ! 武器ナド無クトモ、儂ノ強サハ変ワラヌ! イザ……!」



 猪の戦士は腰を深く落とすような仕草をし、片肘を立て、防具についてる円錐のトゲを前に突き出す。いかにも突進してくる気満々だ。当たったら痛そうだが……。



「よし、いける!」

「そうか……じゃあ頼んだぜ」



 問題ない、ロナが例の必殺技を撃つ準備を終えた。これでこの短い戦いも幕を閉じるだろう。

 だが一つだけ心配すべきことがある。ロナの魔力量だ。魔力を使いすぎてまた、倒れそうになるかもしれない。そうなったらすぐ紳士的にその身を支えようじゃないか。



「猛突ッ……ム?」



 猪の戦士はロナの様子が変わったことに気がついたのか、突撃してくるような構えを解いた。だがそこからロナに対し何かしらの対処をする素振りを見せず、デカすぎる腕で器用に腕組みをし、余裕綽々よゆつしゃくしゃくといった態度でなんか偉そうに喋り始めた。



「ホウ、究極術技カ! マダ使イコナセテイナイ様ダガ、メス餓鬼ニシテハ上出来。シカシ‼︎ ドンナ術技モ、魔法モ、宝具モ、儂ノ前デハ無意味ナノダ‼︎ 見セテヤロウ、絶対防御の究極魔法ッ!」

「月光風斬っ!」



 ロナが技名を叫びながら強力な風と光を纏った剣を思い切り振り下ろすと、半月のような衝撃波が地面を走り、猪人間の方へ爆進していった。

 標的である当の本人はそれを見ても余裕そうな体勢と態度のまま、一つだけ魔法を唱える。



「ユクゾ! 『ハドルオン=バイゼンッッ』‼︎‼︎」



 無論、俺のせいで魔力も魔法自体もなくなっているので発動できるはずもなく。



「……エェ? ヌォォオオオオオオオオオオオ‼︎⁉︎」



 その猪と人が合わさった身体のド真ん中に、光の線が刻まれた。



「ナゼ……ナゼダ……ナゼダァッ⁉︎ 武器ダケデナク、儂ノ魔法マデ……⁉︎」

「ちなみに術技も使えないぜ。……一旦冷静になってステータスを見てみるといいさ」

「ステイタス、ヲ……?」



 猪の戦士は手のひらを顔に当て、少し俯いた。魔物ってああやってステータス確認するのか? 初めて知った。それともアイツだけだろうか。カード無しに見れるのは少しだけ便利そうだ。

 奴はステータスを確認し終えたのか、ゆっくりと顔を上げると、大声で笑い出した。

 


「フ……フハ……フハハハハ‼︎ ナンダコレハ! アア、面白イ。最初カラ儂ニ勝チ目ナド無カッタデハナイカッ! コンナ敗北ノ仕方ハ初メテダ。中々、良イ経験ヲ……シ、タ……」



 黒い毛とマゼンタの皮膚、その全てが一瞬にして灰と化したような色となり、その後、即座に塵の塊のような姿に変わった。骨を倒した時も最期はこんな感じだったか。

 そして、そのタイミングでロナの月光風斬による斬撃が爆発を起こし、猪人間だったものは残らずその場から弾け去った。






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