昨日の薬指 1


乾風が昨夜の雨で湿気た街路樹の落ち葉を、歩行者の足下へと運んでいる。

車道からはエンジン音にパトカーのサイレン。アイドルの広告宣伝車と音が溢れている。

先頭に立って案内所一団を連れ立って歩くレディさんは、容姿も然ることながら、声と同じく大きい身ぶり手振りで周りの視線を集めている。

「篠ちゃん、久しぶりやな!何か雰囲気変わったか?」

歩きながらも、その場でくるりと回って青い瞳で頭から爪先までを忙しく観察いている。

「別に。」

問い掛けにぶっきらぼうに答える篠崎さんの機嫌が悪いのは、路上喫煙禁止区域ばかり歩いていからだ。

案内所では、いつも吸っている煙草をまだ一本も吸えていないのだ。

上下とも黒のジャージのポケットに手を突っ込んでいるのは、目的地に着いた瞬間に一秒でも早く煙草とライターを取り出す為だろう。

「うーん、辻岡さんかぁ。いやぁ、挨拶に行かないとはぁって思ってたんだけどねぇ。」

必要以上に間延びした喋り口の所長。

紺色のスーツはだぼだぼで、さっきからずり落ちそうになっている。金髪で長髪のかつらは大丈夫そうだが。

その所長にリードで繋がれて歩く花子も、最初は腰を引いて抵抗を見せていたが、諦めたようで、うつむき加減で歩いている。

今日はジーパンに紫のパーカーを来てきたが、周りからみたらどんな集団と映っているのか。

さっきからいじってるスマートフォンで時刻を確認すると、まだ16時を少し過ぎた所だ。

お腹は空いてはいないが、名古屋に来て始めての居酒屋に正直、心は踊っている。

一体どんな居酒屋なのか。大通りから横道に抜け、ビルもマンションも背が低くなってきたとおもうと、辺りは一軒家と二階建ての年季の入ったアパートが並ぶ住宅街になっていた。

「ここやここ!とうちゃーく!」

レディさんの指先には、見るからに格式が高そうな店が構えられていた。

屋根瓦と木造建築がそう思わせるのか、神社の本殿に見える。

後ろで風を受けて揺れる木々が、より厳格さを引き立てる演出をかって出ていた。

入り口の上の壁に照らされた「辻岡」の黒く太い文字。

「先にライトニングはんとティンカーおるらしいで!」

まだひと息吸えば、鼻の奥に清涼感を残す香りを放つ引き戸を開ける。

店内に座敷はなく、真ん中にどんとU字型の縁が丁寧に切り揃えた木のカウンターテーブルが設置されていた。

既に腰かけているお客さんは3人。

右手の一番奥には青いカーディガンを羽織った女性。お下げ髪を肩から胸の前に掛けている。左手奥には、絵に描いたような大阪のおばちゃん。茶髪のパンチパーマ、ヒョウ柄の上着。

ひとつ空けて座る短髪で清潔感のある白い長袖シャツをきた男性。

「ライトニングはん!ティンカー!おっちゃん達連れてきたで!」

さあさあと促されるままに各々、席に着く。

僕は、お下げ髪の女性の1つ隣の席に座る。

所長は、花子を入り口の側に繋ぎ着席。

篠崎さんはレディさんの隣に座ると、早々と煙草に点火した。

「いらっしゃいませ。店長の辻岡です。」

厨房と客間を間仕切する長い黒の暖簾から出てきた男性は、つるっと剥いたゆで卵のような顔に、縁の細い眼鏡を掛けて優しそうな目。成熟して落ち着いた声。髪は生え際で分けている。

厨房を任されているという黒牟田を名乗る男性は、パーマのかかった黒の長髪。

前髪で左目を隠して、眉毛が一切ないのが僅かに端のつり上がった目を、一層鋭くしていた。

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