バターナイフの切れ味は 7

家に戻ると、真っ先に出没したであろう玄関に「篠崎さん、ありがとうございます!」と、心の中で叫びながらお札を貼った。

まさか自分が、怖い話の定番であるお札の貼られた家に住む立場になるなんて。

何か夫婦を成仏させる手掛かりはないかと、資料を隅々まで読みまわす。

事件の発覚は、作家で翻訳家でもあった鮫岡敏之(53)さんと編集の締め切りを過ぎても連絡が取れない事から、出版者の人間が家まで訪ねたが出てこないので、不審に思い警察に連絡した事から。

家のリビングで妻の鮫岡美千江(52)さんに覆い被さるように、敏之さんは倒れていた。

美千江さんの死因は首を絞められた事での窒息死。敏之さんは胸に刺さった包丁から流血して失血死。

朝食時に事件は起きたようで、二人の胃には、テーブルに残されていたサラダと食パンが残っていた。

美千江さんの首と敏之さんに刺さっていた包丁からは、敏之さんの指紋が検出。

現場の状況からして、心中。

遺書らしきものは見つかっておらず、仕事では特に問題は無かった。動機は不明。

ここまで読んで思わず天井を仰いだ。

今まさに晩御飯を食べているこの場所で夫婦は亡くなったのだ。腹に入れた飯が鉛のようにズシンと沈む。

目撃証言と霊障は、事件後の住民達のもの。

「喉が渇いて水を飲もうと台所へ向かうと、女性が流しの前に立っていた。」「家から出た時に視線を感じたので振り帰ると、玄関先に女性が。」「仏間から男性が。」「朝、パンを焼く匂いがした。」

中々に地味ながらパンチの効いた証言達が箇条書きで並んでいる。どれ1つとっても目撃したのが自分だったら、その場で卒倒したかもしれない。

霊障の欄には箇条書きで、「喧嘩しているような声がする。」「視線を感じる。」「焚いていないのに線香の臭いが。」「皿が割れた。」「女性の叫び声が聞こえた。」

ひとしきり読みきると、デザートのプリンを一口食べる。

案内所で食べたような本格的な店の物ではなく、スーパーの3パックでまとまって売られている安物だが、食べたいと体が訴えるので買ったのだ。

読んだ感想としては、鮫岡夫婦と直接話すしかない。

幽霊と会話するなんてそんな事あり得ないなんて蔑む自分と、誰かに背中を押されて、やるしかないんだ!と拳を握る自分が心の中に同居していた。

今の自分に出来るのは、怪異が起きた箇所にお札を貼る。

今と同じ、焦燥感で潰れそうになった記憶がうっすら蘇る。

なんだっけ?誰かに呼ばれている気がしたが、そのまま眠りに落ちていった。


あぁ、夢を見ている。朝日が差し込んだベッドで寝ている自分を上から見ている。

経験上、これはとんでもない悪夢。これから何かを見せられるんだ。





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