昨日の薬指 18

昨日食べたケーキがまだ胃袋に転がっている。

案内所で出された卵のサンドイッチもおやつの大福も持ち帰るしかない。

机に突っ伏していると、上目遣いで花子が手を足にちょこんと掛けてくる。

「散歩に行きたい。」のポーズだ。

暇つぶしにもなるし丁度いい。

冬の澄んだ高い青空。もうすぐ夕方になる薄ら黄色い日差しの町並みを歩く。


「そんで、明日は辻岡って事でええな?」

こっちは通信販売用の御札を書いているのに気が散るな。

杉原だったらいつも読書をしているから問題ないのだが。

居ないなら居ないで煙草を吸う必要もないし、楽ではある。

「夜に客を装ってね。」

所長、いつも以上にニコニコしている。

辻岡か。店に居た時はなんて事なかったけど部屋に戻った後、尻尾が出たりして大変だった。

初めてお酒を呑んで分かった。飲み過ぎは良くない。

 この人形、どうしようか。

持ち帰った方が良いかな?どうなるか分からないけど。

案内所に錆びてはいるが、刃物が有るのも物騒だし持って帰るか。

「久しぶりに会うたら随分と様変わりしたな。あさひ。」

「色々あったんですよ、ライトニングさん。」

本当に色々とね。おい、巫女。嬉しいからって机を揺らすな。これでも頭を使って散らかしてあるんだ。


「杉ちゃんてぇ、明日も暇でしょお?」

散歩から帰ってきての所長の第一声に、思わず頭を叩きそうになった。

 そうだ、どうせ暇である。

読書をする場所が案内所か家かだけで、出掛ける所も予定もない。

家から近い大須商店街だって、表通りにある八百屋に食品を買いにいく位で、狭い裏路地に軒を連ねる十人十色の個性を放つ店に入った事がないのだ。

時間があれば行くと思いながらも、時間ばかりある

現状で探索を後回しにしている。

断じて、いちゃつきながら買い物をするカップル達を見るのが辛いからではない。

「篠崎ちゃんとぉ、出掛ければいいのにぃ。」

篠崎さんの机が雪崩を起こした。

書類が何枚も散らばる。

巻き込まれて巫女さんの人形も落ちてしまったようだ。

あれ?この人形、刃物なんて握っていたっけ?

「冗談だよ。あっはっはっはぁ!」

片付ける僕と篠崎さんを尻目に何を笑っているんだ。やっぱり叩いてやろうか。

「明日の夜、辻岡さんねぇ。」

え、また辻岡?

「奢るから大丈夫だよぉ。」

まあ、奢ってもらえるなら良いか。


また勝手な事を言い出して。



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