昨日の薬指 19
あかりと一緒にあられを待つ。
相変わらず静かな店やな。
「あおいひなたといいます。」
深々と頭を下げる、辻岡に新しく入った女性の従業員さん。
切れ長の目をして、長い黒髪が腰まで伸びとる。
黒地に赤い椿の柄の着物。よう似合っとる。
「着物、よう似合っとりますね。」
なんでや?初めて会った気がせえへん。
探りを入れようにも、どこから話の掴みを作ればええのか浮かばへんわ。
「ありがとうございます。前は巫女装束を着てましたが、飽きてしまいまして。」
はあ、巫女さんをやってたんやな。
なんで今はここで働いてるんか聞こうとしたら、遮るように引き戸が開いた。
辻岡の引き戸を開く。
一番奥の席に座るレディさんが「なんでお前らがおんねん。」と、言葉にせず表情で語っている。
手前にいるのはあられさん?話しけようにも表情が硬い。
同じくらい膝の上で、両手を硬く握りしめている。
テーブルの影になってよく見えないが、小さく震えている。
篠崎さんに催促されて、奥の席に座る。
レディさんとはカウンターを挟んで向かい合う形だ。
「とりあえずお任せで。」
注文を伺いにきた辻岡さんが厨房に戻ると、篠崎さんは煙草に火をつけた。最初の吸い込みが深い。
静寂の店内に炒め物を想像させる音が響く。
醤油の焦げる匂いが流れて来るが、空気に気圧され食欲に繋がらない。
誰も話そうとしない。ただ、待っている。
この引き戸を開ければ姉さんが居る。
何度も引き返そうとしたけど、レディさんと約束したから。
だけどやっぱり怖い。
引き戸嵌め込まれたガラスから中を覗くと姉さん達ともう一組、席に座っている。
誰だろう?私にとって誰ならいいんだろう?
姉さん?レディさん?お父さん?お母さん?
誰にも言えなかった淀みが胸の中で対流している。
風が吹いている。この街の冬は風が強い。
なんでおっちゃん達がおるんや?
二人の話し合いに同席するには個室が良かったんけど、あられの指定した辻岡には個室が無い。
他に客が来るかもせえへんとは、あかりに伝えとるがよりによってや。あーもーなんでや!
神様!恨むで!
沈黙を破ったのは、店に流れ込む冷たい街の風だった。
白いタートルネックセーターに紺色のデニムパンツ。
「遅くなりました。」
両手をお腹の前で重ねて、あられさんが立っていた。
レディさんの方に体を向けて。目に涙を浮かべて。
「お久しぶりです。姉さん。」
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