昨日の薬指 17

レディさんに呼び出され、自転車を漕いで20分。

高層ビルの隙間に、雑居ビルは建っていた。

失礼ながら建っているのが不思議である。

壁はシミだらけ。今は大部分が黄土色だが、もしかしたら最初は白だったのでは?変色している所にまた変色したシミが重なっていた。

 正面から入って右脇にコンクリートの階段。砂埃が積もってうっすら白い。

「1F 喫茶ティンカー」「3Fレディ心霊研究所」

銀色のプレートに黒のマジックで手書き。 

用が無ければ絶対に近寄らない。あっても近寄りたくない。

「こっちやこっちー!」

扉から顔を出して手招きをしてくる。

同時にコーヒーの香りが漂ってきた。


「いらっしゃいませ。」

食器棚と豊富な洋酒のボトルを背にしてティンカーさんは微笑む。

喫茶店を営んでいるとは聞いてはいたが、これはバーじゃないか。

「夜はバーとして営業してます。」

昼は喫茶店で夜はバーか。一人で切り盛りして大変そうだ。

 辻岡とはまた違う高級感のある店だ。

今座っている丸椅子も革張りだし、テーブル席のソファだって。

内装は全てダークウッド。重厚な作りだ。

 高そうなフランス人形達が至る所に置いてある。

じっと見ていると、瞬きしそうな程に精巧な作り。

人形達から視線を感じるのはその作りのせいか。

ここまでくると、動き出さないのが不思議である。

「そんなに人形を見てんといて、こっち座りいや。」

カウンターの上には、ホットコーヒーとケーキのセットが2つ。

僕が頼んだのは、抹茶のシフォンケーキ。

地元の名産品を使った物を頼むなんて、自分の中で完全には実家を捨てられていないのか。

「それでな、早速なんやけど杉ちゃんてどんな仕事しとるん?」

コーヒーを飲んでいるのに、遮ってくる。

嘘をついても仕方ないし、素直に答える事にしよう。

「夫婦の幽霊と暮らしています。」

嘘は言っていない。

「なんやそれ!面白そうやな!」

「子宝に恵まれなかったそうです。実の子供の様に可愛がって貰っています。」

「ええ事やんかぁ。仲良しはええ事や。」

しみじみと呟くレディさんには思い当たる事があるのか、僕から目を逸してティンカーさんの方を見つめている。

「成仏するまで一緒に居るつもりです。」

「そうか…成仏か。成仏な…。」

今度は床を見つめている。最初の威勢が嘘のようで、存在感が薄くなり向こうが透けて見えてしまいそう。

「なんや、頼んどいてモンブラン食べへんのか?」

「え?僕、頼んでないですよ?」

「え?」


抹茶のシフォンケーキにモンブラン美味しかったぁ。

前は食べられなかったから、今日は2つ。

公園のお礼もされてなかったしね。これくらい良いでしょ?

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