昨日の薬指 16
「あんないじょ?」「わたし、きいたことある。」「すぎはら。」「おかあさんいってた。」「かいぶつがいる。」「あさひちゃん。」「ちかづくなって。」「こわい。」
店内のあちらこちらに置かれた人形達が、見合わせながら囁く。
単語や簡単な会話なら出来る。感情の表現は身振り手振りを交えて、球体関節の擦れる音がこだまする。
ティンカーからの問い掛けに、うちの顔の変化は、さぞ面白かったんやろな。
質問の意味を理解する間、瞬きを繰り返して瞼が痛いわ。
周りの人形達が楽しそうに真似して、悪気の無い至って可愛らしい声が飛び交っとる。
さっきは怖がらせてしもうたから、これで手打ちという訳や。
「ティンカーも気になっとんのか。」
「勿論。」
「ヒントだって貰った新聞の切り抜き、あられに預けた所や。」
「読んだのか?」
「自宅で夫婦が心中。よくある話や。夫さんが名のしれた作家って事で、少し話題になったみたいやな。」
ティンカーとの間に広がる沈黙は、人形達のお喋りが埋めていく。
あられとの約束の時間までをどう過ごそうか?
退屈やな。せや、呼び出したろ。
レディさんから電話が掛かってきたのは、午後3時前だった。
辻岡での宴会以来、顔を出していない案内所に向かおうと身支度を整えている時だった。これでも一応、従業員である。
「へーい!杉ちゃん!ちょっと来てやぁ!」
一回しか会ったことはないけど、相変わらずテンションが高い人だ。耳が痛い。
「ちょっと来てと言われましても、どこに行けばいいんですか?」
どこに居るのか見当もつかない人だ。
来てやぁと言われても困る。
「喫茶ティンカーにおんねん。案内所から近いで!ケーキでも奢ったげるわ!」
言葉とは時に不思議な現象を引き起こす。
さっき迄は、レディさんの呼び出しを拒絶するかの様に体が重たかったが、ケーキと聞くとすっと軽くなった。
そう言えば最近、甘い物を口にしている。
案内所の篠崎さんが買ってきてくれるお菓子だったり、美千江さんが作ってくれたり。
嫌だなぁ。体が重く感じる原因は食生活だったか。
ダイエットがてら自転車で向かうとしよう。
誰からの電話かと思えば、金髪ゴリラか。
ふーん……ケーキたべさせてくれるんだ。
なら、行ってもいいかな。
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